2017/10/28 プノンペン・クラウンvsカンボジアン・タイガーの試合を観戦。

どうも、ブクメです。

10月上旬に、日本への一時帰国からカンボジアに戻り、そこから2週間ほど週末がありカンボジアリーグも開催されていたのですが、しばらく行けず、サッカーに若干飢えていましたが、久しぶりに足を運べました。カンボジアリーグは、今期はシーズン終了時の上位4チームでプレーオフを行い優勝を争います。

リーグ優勝と、AFCカップ(2018年は、リーグ優勝チームがプレーオフラウンドから出場し、1チームを倒せばグループステージに進める予定)をかけた熾烈な上位争いが終盤戦を迎えており、今回足を運んだのは、プノンペン・クラウンのホームゲーム。やや足踏み状態がここにきて出てしまっているプノンペン・クラウンと猛スピードで上位陣を追い上げるカンボジアン・タイガーという構図での試合となりました。首位を少し走っていたプレア・カン・リーチ・スヴァイリエンも足踏みをしていたり、今期は、少し不安定な戦いを続けていたボンケット・アンコールも終盤にきて力を見せており、そもそも混戦状態だった上位争いが残り4節で6チームが首位とそれほど差がないという状況でここまで来ています。

プノンペン・クラウンとカンボジアン・タイガーにとっては、4位以内をうかがう5位、6位という状況になるため、互いに負けられない試合になりました。

私個人的には、ここカンボジアに来てからは、鈴木雄太さんとの縁もあり、プノンペン・クラウン寄りで応援させてもらいながら、全体的なカンボジアサッカーと日本人選手を見つめているというような立ち位置にさせてもらっています。

もう1年以上カンボジアにいるため、カンボジアリーグもそこそこ数を観戦しているわけですが、実は、カンボジアン・タイガーを観戦するのは初めてでした。こちらのチームは、日本人がオーナーで、スタッフにも日本人がいたり(たまたまトレーナーの人がかかわっていたところで、私の姿勢など見てもらったことがあったりw)、前にこちらの会社に勤めていたときに、お世話になっていた方がスポンサーになっていたりあるのですが、初観戦ですw

現在、カンボジアン・タイガーには、深澤仁博選手、川畑悠吾選手と2人の日本人選手が所属しています。

そういえば、ある育成出身の選手から、川畑悠吾選手と友達だとか聞いていたりして、全く面識がないのに、勝手に愛着を持ってみたり、こういうところが、狭いカンボジア(カンボジアは広いが、カンボジアサッカーの現在は、プノンペン中心なので狭く、関わっている人も狭い範囲内にいるケースが多いという意味)だなと思ったりもします。

さてさて、試合の話ですが、実は、同行者が体調不良になってしまった関係で、前半しか観戦できませんでした。前半がスコアレスドロー、後半に合計4点入って2-2というスコアだったということで、なぜだか、試合に足を運んでいたのに、後半の模様と得点シーンは、プノンペン・クラウンFCのfacebookページでの動画で確認するということになってしまいました。

ちなみに、先ほど挙げた日本人選手の中では、川畑悠吾選手がゴールを決めていたんですね。

試合のあまり細かい部分を書けるほど長い時間は見られなかったのですが、事前にわかっていた情報や、謎だった部分を整理すると、まずそもそそも、カンボジアの現在を象徴するような出来事が一つありました。

今回カンボジアでは、AFC U19選手権大会の予選が開催されており、まさにU19カンボジア代表の試合が時間が被る形でオリンピックスタジアムで開催されていたんですね。カンボジアでは、サッカー人気が高まっており、クラブチームの人気をどのように高めていくかというような状況だと聞いて言いますが、プノンペン・クラウンは、これまで足を運んだ限りは、ファンが多く、比較的アウェイ含めても、多めのサポーターを見かけますが、今回は、優勝争いをかけた重要な一戦にしては、人が少ないなと感じていたのですが、おそらく、そちらに足を運んだ人が多かったのではないかと思います(確か、U19代表選手にプノンペン・クラウンから選出されている選手も複数名いたような気がします。)

なので、若干不思議な雰囲気での試合となったりもしました。あとは、カンボジアン・タイガーでは、毎回得点を決めているアフリカ系の選手がいたはずでしたがスタメンにはおらず、ハーフタイムにそれらしき選手が簡単なアップをトレーナーとしていたので、おそらく怪我なのでしょうか。

なので、少し戦い方がカンボジアン・タイガーとしては違ったのかもしれませんが、試合展開としては、前半に多くチャンスを作っていたプノンペン・クラウンが、決めきれない場面が多かったことが響いた試合・・・と言いたいですが、後半に点の取り合いにはなっているのでなんとも言えないのですがw

ちょうど、この試合では、公式では、3バックの右になっていましたが、実際は、3バックの左でプレーしており、川畑悠吾選手が前線の右に入っていたので、割とマッチアップするような場面も多くなっていて面白かったです。

ただ、優勝争い(4位以内)を考えると、両チームともに勝ち点1を分けるというのは、結果としては、あまり良くなかった形にはなりましたね。

前半だけしか見られませんでしたが、私個人的には、楽しませてもらいました!

ではでは。

当ブログでは、お馴染みの、プノンペン・クラウン所属の鈴木雄太選手。

カンボジアン・タイガー所属の川畑悠吾選手。

カンボジアン・タイガー所属の深澤仁博選手。

2017/09/02 プノンペン・クラウンvsAEUの練習試合を見てきました。

どうも、ブクメです☆

プノンペンに戻ってから、10日ほど経過しましたが、そろそろサッカーに飢え始めてきたなと思ったところで、東南アジアのSEA GAME(様々なスポーツで東南アジアNO.1を決める、日本では、あまり知られていないが、東南アジアでは、かなり注目度の高い大会)の関係でカンボジア国内のリーグもしばらく中断中。練習試合の情報などは、どうも、情報を見つけたときには、もう遅かったり、そもそも先週末はバタバタしていたので行けたかどうか微妙だったのですが、少し落ち着いた今週末は、何かサッカーを見たいなと思っていたところで、プノンペン・クラウンvsAEUの練習試合の情報が入ってきたのですが、場所AEUスタジアム・・・聞いたことがありません。google mapで調べても出てきません。AEUという大学があるので、もしかするとそこのグラウンドがスタジアムのようになっているのかなと思いつつ、以前タイでアンダー系の代表の遠征で渡辺陽を見にタイに行った時の、練習試合の場所が会場の名前はわかっても、場所がよくわからないというオチを思い出しつつ、山を張ってAEU大学へ行ってみるという方法は危険ということで、今回は、不躾ながら直接以前インタビューさせていただいたプノンペン・クラウンの鈴木雄太さんに確認し、場所を教えていただきました。

結果的には、自分で思った場所と全く違っていたので聞いて良かったという場所でした。

その辺は、また別サイトのスタジアム情報で掲載はしようと思うのですが、簡単に言うと、プノンペンから距離的には近いのですが、広いメコン川を越える必要があるため、アクセスに「フェリーに乗る」が必須になるということで、どうなることやらと思いましたが、実際に行くことができました。

アクセス的にわかりやすいのは、ダイヤモンドアイランド(ナーガワールドの近く)からのフェリーで川を渡る方法が良いのかなと思います。本数も多く、車やトゥクトゥク、バイクなどが一度に乗っかっていっぱいになったら出ているようなイメージに見えます。

今回は、プノンペン側でトゥクトゥクにお願いして、トゥクトゥクごとフェリーに乗り(一人ごとの料金ではなく、トゥクトゥク1台で日本円にして100円程度という料金でした。

実際に会場についてみると、スタジアムではなく、完全に河川敷のグラウンドに近いようなイメージの場所でしたが、

このグラウンドへの道に入るところにあった上記の写真のような看板を見ると、開発中で、どのくらいかかるかは未知数というくらい、まだグラウンドしかありませんでしたが、最終的にはしっかりしたスタジアムになるようですね。

いずれにしても、プノンペンから、このグラウンドがある側の陸を結ぶ橋はないですし、作っているという感じもないので、本格的にここがホームグラウンドとして使用される頃には、フェリーを使ったちょっとした遠征感を味わうことができるのではないかと思いますね。

試合はというと、やや集中して見られる環境ではないことが多く起こり、前半途中で大雨になり、トゥクトゥクの中で雨を防ぎながら観戦しつつ、屋根がある場所がなかったので、気が付けば、私が利用しているトゥクトゥクが雨宿りポイントのようになり、人でいっぱいになり、さらに、9月から新しく移ったアパートで残してきた犬が鳴きやまずに下の部屋のヨーロッパの人からクレームが入っているとか、大変なことになり、結果的にしっかり見られたのは、前半途中くらいまででした。

でも、なかなかこういう機会がないといけない場所ですし、貴重な体験ができたなという感想は残りました。

この試合では、鈴木雄太さんは、左サイドでプレーしており、おそらくAEUのキーパーが日本人の荻野賢次郎選手だったと思います。

友廣壮希選手は、出ていたのかは、確認しきれませんでした。とにかく、今回の練習試合は、そこに足を運ぶことが目的で若干満足してしまっていた自分がおり、プノンペン・クラウンて、ヨーロッパ系の選手がいたかな?とか、比較的回数を多く見ているプノンペン・クラウンのほうばかりを見てしまいました。

あとは、おそらくこのAEUのファンの女性の方で、ここのグラウンドでの試合をいつも見ているのか、結構、私のチーム感を強く出してチームのプレーに大声を出している女性が気になったりとか、そんな感じでした。

ではでは。

写真は、facebookページで掲載しています。この試合の写真はこちら

2017/07/16 カンボジアリーグオールスターズvsムアントン・ユナイテッドの試合を観戦

どうも、ブクメです☆t

現在は、カンボジアに戻っているため、週末のユースやジュニアユースの試合は、ツイッターなどで眺めつつ、ジュニアユースは逆転勝利、ユースは、結果的には、また終了間際の失点で引き分けという結果になったそうですが、足を運んだ方の話では、采配には「???」という点は、あったものの、暑い中での熱い試合で、前節の横浜F・マリノスユース戦からの気持ちの入った戦いぶりは続いていて、選手の気持ちの面での状況は好転しているという声も聞こえて来て、ホッとしています。

ユースの全国大会は、今週末から始まりますが、予定通りであれば、グループステージの最終戦から準決勝くらいまで日本に滞在できる予定ではいます。

また、ジュニアユースの全国も決まりましたね。苦戦はしましたが、やはり関東1部のチームを破って本戦出場を決める方がピリッとします、と言っておきます。ジュニアユースの全国に関しては、まだ足を運べるかどうか未定の要素が多いのですが、今のところ行けるとしたら、グループステージの最終戦から決勝トーナメントのいくつかの試合という感じになりそうです。

さてさて、現在、東南アジア方面では、タイの強豪クラブ、ムアントン・ユナイテッドが現在ASEANツアーを行っており、2017年7月16日に、プノンペンのナショナル・オリンピック・スタジアムでカンボジアリーグ選抜と対戦と言うことで、これは行かなければということでスタジアムに足を運びました。

このリーグ選抜には、日本人選手として20番鈴木雄太選手(プノンペンクラウン)、23番藤原賢土選手(ナーガワールド)、43番柳館知選手(ナショナル・ポリス)の3選手が選出されました。鈴木雄太選手は、以前インタビューさせていただいた選手です。

対戦相手のムアントン・ユナイテッドは、最近のACLでの活躍やJリーグのチームにも勝利するなど、日本でも知っている方が増えていると思います。ムアントン・ユナイテッドには、青山直晃選手が所属しています。

さてさて、おそらく、私の見方がダメな方の部類となったケースなので、普通は普通に楽しむべき試合だったと思います。オールスター戦ですし、ムアントン・ユナイテッドにとっては、興行にもなりますので、魅せる部分も必要でしょう、もちろん、カンボジアリーグ選抜側にも、それでも、なんだか、非常に私としては、いら立ちの多い試合となってしまい、実際前半のみで会場を後にしました。

あ、最初に日本人選手の写真を載せますね。

*カンボジアオールスターズに選出された43番柳館知選手(ナショナル・ポリス)、23番藤原賢土選手(ナーガワールド)、20番鈴木雄太選手(プノンペンクラウン)3選手は揃って先発。

*ムアントン・ユナイテッドには、5番青山直晃選手が所属(右から2番目)

両チーム合わせて合計4人の所属日本人選手が先発出場となったこの試合ですが、やはり、連携面など見た時に、即興でおそらくカンボジアリーグ選抜側は、試合の数日前に初めて揃って練習した側と、ムアントン・ユナイテッド側では、その部分でもかなり差があったと思います。

また、サイドに入っていた鈴木雄太選手のところから、強烈な選手が突破してゴールを決めるような構図が続いてしまい、鈴木雄太選手にとっては、大変悔しい試合になったと思います。ただ、普通にサッカーの試合として見た時には、サイドの選手が抜かれたら即決定的となるような状況自体がおかしいわけで、その辺では、ボランチの選手にも大きな責任はあると思われ、藤原賢土選手が、距離感など含めてその辺をしきりに伝えようとしていたので、修正されていくかなと思っていたんですね。コーチからそういう指示は出ていなかったようですし。

カンボジアのサッカーがこれからで観客のサッカーへの見方もこれからということもわかりつつも、スタンドの雰囲気が少し苦手で、人が少なめの時には、あまり人が密集していないところでじっくり見れば良いのですが、今回は、クラブチーム系の試合であっても思った以上に客の入りは良くて、メインスタンドのチケットを購入したものの、ただメインスタンドのエリアの自由席というだけで、人が少ないところを見つけられず、密集地帯の中で、盛り上がりどころが少し理解できない雰囲気で見ていたのですが、それで、確かに0-3になったところでの交代はあり得ると思っていたものの、前半35分くらいに一気に10人交代でキーパー以外が全て交代となりました。

交代した選手は、運動量を見せるものの、雑なプレスでファールとなり、それでもスタンドは、大盛り上がり。興行的には、オールスターゲーム的には、これもありなのかと今考えればわかりますが、正直この雰囲気に耐えられずに前半終了で会場を後にしました。

その後、後半にムアントン・ユナイテッドが1点追加して0-4で終了したとのことでした。

カンボジアのサッカー熱の盛り上がりは、大変良いことで長い目で見れば、サッカーへの見方も途上なのはわかっているのですが、できれば、もう少し静かに見られる席が、もう少し高めでもあればなと思ってしまう今日この頃でした。

ではでは。

写真は、facebookページで掲載しています。この試合の写真はこちら

【インタビュー2017年5月】カンボジア1部リーグ プノンペン・クラウン所属 鈴木雄太選手③

どうも、ブクメです☆

プノンペン・クラウンFC所属の鈴木雄太選手へのインタビュー「【インタビュー2017年5月】カンボジア1部リーグ プノンペン・クラウン所属 鈴木雄太選手②」から続きます。文章が大変長くなっているため、3部構成で紹介します。インタビュー③は、社会人や社会人リーグ、異国でのトライアウト経験などを経て、ついに現所属チームのプノンペン・クラウンFCへの加入の経緯に入っていきます。

それでは、インタビュー③をどうぞ!

 

(インタビュー②でフィリピンでの2チームのトライアウトが結果的にうまく行かなかったところから次の話題に移ります。)

 

ブクメ:それで、2つ目のチームの練習会に参加して、決まらなくて、その後どうなりましたか?

 

鈴木:ちょうど、タイミングが良くて、その時に、プノンペン・クラウンFCがfacebookページにあげていたんですよ。選手を放出して、新たな選手を探していますという内容ですね。正直なところ、フィリピンの2つ目に受けたクラブがダメになった時には、帰国を考えなくては、ならないかもしれないと思っていたんですよね。外国で決まるまでは、帰るつもりは、なかったのですが、現実的には。それで、ダメもとでメッセージを送ってみたんですね。そうしたら、メッセージが帰ってきて、それで今のGMの方のメールアドレスを教えてもらって連絡しました。それで、履歴書などを送って、自分のプレーを見てもらって。

 

おそらく、チェコでプレーしていた経歴が良かったのかもしれません。監督が、ウクライナ人というのもあったかもしれません。それで、トライアウトに来てくださいと言う話になって。

 

それで、その日のうちに航空券を取ってフィリピンからカンボジアに飛んで。

 

結構、小さい頃は、外に出ていくのが苦手だったのですが、今は、その時には考えられないような、こうやって簡単にチケットを取って飛び回っているなと思いますね。

 

ブクメ:外に出ていくのが苦手と行っても、今は、誰も信じないでしょうね。

 

鈴木:本当にそうですね。それで、開幕一週間前くらいに練習に参加して。

 

ブクメ:面白いものですよね。ちょうど、私が、プノンペン・クラウンFCの試合を始めて観戦した時に、まだ情報があまりない中で、ちょうど、鈴木雄太選手が、目の前でアップしていて。日本人選手がアップしてるなと思って見ていて、それが鈴木雄太選手だったわけですから。

 

鈴木:ですよね。あのスタジアム(プノンペン・クラウンFCのホームスタジアムのRSNスタジアムは、サッカー専用でピッチとスタンドの距離が近い)は、距離が近くて良いですよね。オリンピックスタジアムは、ちょっとピッチとスタンドの距離が遠いですね。

 

ブクメ:サポーターも地域密着という表現があっているかわかりませんが、近さを感じますよね。

 

鈴木:そうそう、昨日の試合(オリンピックスタジアムで開催された、ボンケットvsプノンペン・クラウンFCの試合)でも、大きなフラッグをスタンドに出してもらって、幸せですよね。

 

ブクメ:フラッグを持って走り回っている人たちもいましたね。

 

鈴木:(笑いながら)あれは、ただやりたいだけだと思いますが。

 

ブクメ:ただ、スタジアムは、バイクがないとちょっと行きにくいですね(プノンペン中心部からは、やや距離があり、また、エリア的に住宅地や開発中のエリア付近になるため、バイクがないと厳しい。)

 

鈴木:トゥクトゥクで来られるのですか?

 

ブクメ:そうですね。トゥクトゥクで行くのは良いのですが、帰りまで待っていてもらうとかしないと、帰りにトゥクトゥクを探すのもやや難しいですよね。

 

(ここで、余計な雑談をまた入れつつ)

*写真を挟みます。整列の際に、手を合わせて挨拶するのは、カンボジアらしいですね。

 

ブクメ:現在のチームに入るまでの経緯は、このような感じだったのですね。

 

鈴木:長いでしょう。

 

ブクメ:例えば、育成の選手に伝えることを考えると、英語が少しでもできて、facebookなどでメッセージを送ってトライアウトまで行くという流れ自体がわからないという人も多いと思うのですごく参考になる情報です。

 

鈴木:それこそ、(Jリーグの)ユース出身ということであれば、東南アジアでは、「え!?」となるかもしれませんよ。

 

ブクメ:そこから、可能性が広がることもありますね。

 

鈴木:その選択が正解かどうかは、わかりませんが。なので、こういう方向に進むことを勧めるわけではありませんが、選択肢としては、ありますよということを知っても損はないと思います。

 

ブクメ:サッカーの考え方で、どうしても、若いころは、ヨーロッパが第1になりがちですよね。それで、そのルートは、簡単ではないですし、仮にそこにたどり着いたとしても、成功することも難しい。でも、上へあがるためには、ヨーロッパのチーム以外のところに入らないと無理だという、表面的な情報を伝えるだけの人が多い気がします。

 

鈴木:まあ、難しいことは、難しいのは事実ですよね。

 

ブクメ:確かに難しくはあるのですが、例として、佐藤大介のように、フィリピンのグローバルFCからプロのキャリアをスタートさせて、もちろん、フィリピン代表というキャリアもあるとは思いますが、結果的に、今現在は、ヨーロッパでもレベルが高い方に入るルーマニアの1部リーグでプレーをしています。さらに上のレベルに行く日も近いと思います。

 

こういう新しいケースも作ってくれる選手がいるわけですし、例えば、現時点でタイリーグのレベルは、かなり上がってきましたし、注目度も上がってきました。タイリーグ経由でヨーロッパと言うケースも出てくると私は考えていまして。

 

鈴木:カンボジアは、まだまだ難しいと思いますけどね。

 

ブクメ:そう考えた時に、社会人リーグを2回経験されていて、東南アジアなどの海外に関して挑戦されている鈴木雄太選手のインタビューから、考え方の幅を広げる部分を育成の選手に伝えたいということもあります。

 

日本だけの環境で満足している日本人というのが、私は、あまり良いとは考えておらず、正直なところ、私の考え方としては、Jリーグのプロになった選手がサッカー選手として成功したとは考えていません。Jリーグの選手になったということで、プロのキャリアを持ちましたということで満足してしまってはダメで、そういうところを伝えたいというか。

(↑完全に、うまく説明できていません。今簡単にまとめると、そういう人生も否定しませんが、サッカーで華やかな世界に行きたいという考え方ではなく、「サッカーで生き抜く」という考え方を私に関わった選手にはもってもらいたいという考えから出た言葉です。)

 

鈴木:えと、でも、私はJリーグの経験がないので、Jリーグでやっている選手は、すごいなと思っています。

専修大学時代に、チームが川崎フロンターレとつながっていることもあって、サテライトのチームと良く試合をしていましたが、できるけど、そのプレーをするのが自分でなくても良いなと感じる部分はありました。光るものを持っている選手でないとJリーガーには、慣れないというイメージはあります。サテライトの選手でも見ていて、光るものを持っていたので、そのようなことは感じましたね。

 

ブクメ:環境で変わるということもありますかね?

 

鈴木:それはありますね。

 

ブクメ:例えば、凄く良いフォワードでも、良いパサーがいることで光れる選手、光れない選手がいます。逆に、良いパスセンスを持っていても、それに反応できるフォワードがいないと光れない選手とか。

 

大学サッカーなど見ていると、凄く良いパスセンスがあるのに、前線の選手が感じ取れていないなというケースがよくあって、でも、見ている側が、その選手の特徴をいれば、そこを見ながら考えてあげることができても、わからない人が見たら、パスのセンスがない選手と取られてしまうとか。

 

鈴木:でも、大学は、高校より難しいと思いますよ。大学にもよると思いますけど、他の大学では、割と部のルールに縛られるようなところがあって、8人部屋で生活するなど、しんどいところもありますけど、それだけ縛られるとまた違うと思いますが、専修大学は逆にサッカーの時間以外は自由なので、その時の過ごし方が大事ですね。

 

結局、専修大学からプロになった選手は、誰よりも練習しているし、やることやっているからというのは、感じます。

 

自分は、それができなかったのかなと・・・

 

ブクメ:でも、結果的に今いる世界も良いものではないですか?

 

鈴木:そうですね。それこそ、社会人など色々経験しましたし、だから、いま本当に好きなことでお金もらえて生活できることが、本当に幸せだと感じています。毎日サッカーができて、それでお金がもらえて、こうして応援してくれるファンの方もいて、見に来てくれる方もいて。

 

ブクメ:私も何だかんだでファンになってます。

 

鈴木:幸せなことです。

 

ブクメ:今後は、どのようにやっていきたいですか?方向性として。今、チームとして、上位にいて優勝争いしている状況ですよね。

 

鈴木:まずは、今年優勝して、、

 

ブクメ:今年は、4位以内でプレーオフで優勝を決めるんでしたよね。

 

(試合日程や条件がすぐに変わるカンボジアの状況を感じ取って、鈴木雄太さんが続けます。)

 

鈴木:そうそう、あ、日程変わったの見ましたか?決勝が12月31日になったんですよ。

 

ブクメ:え?本当ですか?(不思議な笑いが2人の間で起こりましたw)

 

ブクメ:どこかの国の、何とか杯みたいですね。この国でそれをやるとは。

 

鈴木:しかも、カンボジアは、シーズン開始が2月中旬とかじゃないですか。それで、12月31日というのは・・・。

 

ブクメ:(直前でキックオフ時間が変わったり、ホームとアウェイが前日に変わったりで、目的の試合が見られないなど何度か経験しているので)ここでは、何が起きても驚かないですけどね。それで、次のシーズンはどうするんだろうとかは、思いますよね。

 

鈴木:知ってますか?今年8月試合がないんですよ。代表戦とか、シーゲーム(日本人には、なじみがないが、2年に1度開催される東南アジアの大会で、この東南アジアでの注目度や本気度がかなり高くなる大会としても知られている。2017年は、マレーシアのクアラルンプールで8月19日~31日の日程で開催予定。)

 

その絡みで、試合がなくて、6月と7月も1試合ずつなんですよ。その期間にカップ戦はあるのですが、リーグ戦としては、この3か月で2試合くらいしか試合しないんですよ。

 

ブクメ:遠征とかは、するんですか?

 

鈴木:タイに遠征するとかしないとか、まだわかりません。

 

ブクメ:えと、今年は、AFCカップの出場権は、どのように割り振られるんでしたか?

 

鈴木:リーグ1位と、確か、カップ戦優勝チームが出場権獲得だったと思います。

 

(ここで、今年から変わったAFCカップのレギュレーションの話や、前日対戦したボンケットの今年の状況などの話になりました。おそらく、興味がある方でないと、頭がこんがらがると思うのと、これも、主観がかなり入ってしまうので、省略します。カンボジアは、今年ボンケットが初めて本戦に出場を果たしています。)

 

鈴木:今年は、優勝して・・・契約はどうなるかわからないですけど、AFCカップに出たいですね。それが、まず一つの目標です。

 

ブクメ:プノンペン・クラウンFCが出たら、AFCカップ見に行きたいですね~(もう、ファンとしてのトークになっているw)

 

(ここから、しばらく完全に脱線して、フリーランストークになったりしましたので、省略。プノンペンでの生活は、何気に困ることはないですよね~とか、ビジネスビザがカンボジアは、取りやすいですね~、だったり、私の仕事も含めて、サッカー的なところも含めて、日本は堅苦しいですね~というトークなどになりました。)

 

(気が付けば2時間の予定が、もう間もなく2時間という状況になるほど話続けてしまいました。)

 

鈴木:こんな感じで大丈夫ですかね?

 

ブクメ:あとは、私にまとめる能力があるのかどうかですね(インタビューが初なので、割と本気でそう思いながら苦笑いw)

 

鈴木:見てくれる方が、読んでよかったと思ってもらえれば嬉しいですね。

 

ブクメ:今回に限らず、また登場していただきますので、よろしくお願いします。

 

(ここで、再びブログのことで私の方針などを説明しつつ、過去に、あまりにも思うことを書きすぎて、悪口のようになってしまって、関係者に嫌われているだろうなということがあったくらいですが、育成の選手のためのというスタンスを変えずに続けてきたためか、幸いチームから来るなと言われることはなく、ここまでやれていますということなど説明。)

 

ブクメ:(上記の話をしつつ)、結果的に、現在海外に移って生活をしていて、日本で以前のように育成の試合を見られることが激減していまして、そこに対して書ける文章が少なくなってしまうなかで、自分ができることを考えたら、せっかく海外にいて、この国、カンボジアにいて、そこでプレーしている日本人選手がいる。

 

色々と環境が違うところで、Jリーグに上がるための文章だったら他の人にもできるかなと常に思っていて、そうではなくて、私が感じる部分としては、育成の選手の中でも能力が高い選手ほど、要領が悪いケースが多くて、せっかく能力があるのに、うまくできていないということが多いんですね。逆に言うことを聞かないで自分のスタイルを変えられないからすごいというところもあって、それを言われることに従ってやりすぎて良さを失ってしまうということもあります。

 

そういう選手の考え方の幅を広げてあげるために、今私がいるカンボジアのサッカーとか、そこでプレーしている日本人の選手の話とかの話を伝えたいと思って今回のインタビューをさせてもらいました。

 

(ここも私のひねくれたところで、日本や日本人が主役になっているタイプのチームには、あまり興味はないということも話したりしつつ、それでも、知る必要はあるので調べたり見たりはするように心がけていますが、どうも気持ちが乗らないという毒もまたはいてしまいましたw ここで、すかさず、それもカンボジアにとって良いことですと言っていただくあたりが鈴木雄太選手の性格の良さを表しているな~と思ったりもしました。)

 

(ここで、また育成の選手へ向けての話に戻ります。)

 

鈴木:でも、(このインタビューが)方向性を広げる役に立てると嬉しいですね。私は、(海外)挑戦するのであれば、10代とか若い方が良いと思います。(今の日本の状況を考えると、)今後は、就職に大学は、あまり関係なくなりそうではないですか?だから、とりあえず大学というのは、一つの手段ではありますけど、それこそ、早めに出た方が、選手としての価値も高いわけですし、ヨーロッパなどは、大学出てからの年齢だと遅いとも言われていますし、それこそ、飛び出してみて、強豪チームのセカンドチームとかが下部リーグにいるので、そういうところに入ってみたりとかした方が、サッカー選手としての幅は広がるのではないかなと思います。

 

ブクメ:大学に行かずに飛び出していく。その先が東南アジアというケースが、まだあまりないですよね?

 

鈴木:大体ヨーロッパですよね。

 

ブクメ:高校生の終わりの段階で、プロという道が開けなかったときに、大学という選択肢がない場合は、大抵最初にヨーロッパを目指しますよね。そこで、東南アジアという選択肢もありかと私は思うんですよね。

 

鈴木:ありですよね。

 

ブクメ:野性味があふれるというか。

 

鈴木:ヨーロッパは、(良くも悪くも環境が)しっかりしていますからね。

 

ブクメ:なんか、ヨーロッパでは、当たり前に道を逆走してくるバイクとかいないですもんね。そういうものが世界では、普通なんだよということを知るという意味でも東南アジアは良いのではないかと。

 

鈴木:確かに東南アジアは、予想ができないことが多すぎますからね。

 

ブクメ:まあ、安易には、挑戦してみなよとは言えないのですけどね。

 

鈴木:最後は、本人が決めることですからね。でも、こういう選択肢もあるとうことだけでも知ってもらえると良いですね。

 

(ここで、思いついたように、一つ質問をしました。)

 

ブクメ:そういえば、以前、浦和の育成出身の選手に、カンボジアリーグのキーパーの質はどうですかという質問をされたことがあるのですが、ポジションは、まったく違いますが、カンボジアリーグのキーパーの質というのはどうですか?私は、わかりやすいところ以外でのキーパーの良さというのがあまりわからないものでして。

 

鈴木:私も細かいことはよくわかりませんが、私が知っているキーパーの基本というものができていない選手がカンボジアリーグのキーパーには、多いように感じます。基本をやらずに勘に頼ることが多いような。あとは、投げ方とか。おそらく、リーグでそこまでキーパーの重要性が考えられていないために、キーパーの指導に力を入れていないのかもしれません。

 

ブクメ:日本人ゴールキーパーが所属しているチームもありますよね。

 

鈴木:(これも、リーグの特徴が影響していると思いますが、)外国人枠をキーパーで一つ使うかどうかというと難しいですよね。

 

ブクメ:身長はどうですか?

 

鈴木:Jリーグは、身長重視の傾向が強いですよね。でも、カンボジアも取るとしたら身長が高い選手だと思いますよ。今いる日本人選手も身長は高いですし。カンボジアは、まだキーパーの重要性を理解できる段階までは来ていないように感じます。まだ、日本の方が、キーパーの重要性を考えて外国人選手も多く入れていますよね。

 

話は逸れますが、先日、そのキーパーの選手や、いまU17のカンボジア代表のコーチをやっている日本人の方と話をする機会があったのですが、その方は、今のカンボジアは、開幕したころのJリーグと似ていると言っていて、そこでプレーする外国人選手には、Jリーグ開幕時に外国人選手としてプレーしていたブラジル人の選手たちが、どのようなことを考えて、日本でJリーグでプレーしていたかを想像してプレーしてほしいと言っていました。

 

当時の助っ人外国人選手も開幕当時のJリーグでプレーする日本人選手には足りないものが多いと感じていたと思うが、そこで彼らがプレーしたことによって、今の日本のサッカーがあるので、カンボジアでプレーする日本人選手にもそのような考えを持ってプレーしてほしいというと言われて、私の考え方も少し変える必要があるかなと感じました。

 

(ここで、鈴木雄太さんと会うきっかけになった、鈴木雄太さんの友人で盛り上がります。)

 

*ここで写真を挟みます。

 

(サッカー話に戻ります。)

 

ブクメ:カンボジアリーグで今日本人は、何人くらいいますか。

 

鈴木:今は12人ですね。

 

ブクメ:それで、上位争いに絡むようなチームでないと、収入的に厳しいという話を聞きます。

 

鈴木:そうらしいですね。具体的な金額まではわかりませんが。幸い、私は、アルバイトを探すなどしなくても良いくらいは、いただけていますが。

 

鈴木:あ、参考になりそうな話が一つありました。

 

日本のJリーグで3年間くらいプレーしていて、契約が更新されないという選手は多いですよね。そこで辞めてしまう選手というのが実際には、多いのですが、私は、あと1年くらい東南アジアでやってみても良いのではないかと思うんですよね。やってみるという。

 

例えば、Jリーグで出場機会がなかったとしても、所属していたチームの名前があるだけで、それなりのお金をもらってプレーできる可能性があります。

 

海外に行きたくないとか、東南アジアなんて、と思っている選手も多いと思いますが、来てみて、やって見て初めてわかることもありますし、自分が見えてくることもありますから。例えば、浦和レッズの場合は、育成からトップチームに上がっても、なかなか出られないじゃないですか。そういう選手が他のJリーグのチームに行くのも良いですけど。もし、プロとしてのサッカーを辞めるのであれば、東南アジアに行っても良いのではないかなと思います。

 

ブクメ:(納得しながら)それは、私も思うところです。

 

鈴木:(今の段階では)Jリーグの経歴は、東南アジアでは、圧倒的ですよね。

 

ブクメ:英語力は、いかがですか?

 

鈴木:(英語ができないと言っている鈴木雄太選手、それでも英語を使っているので、本人が言うほどできないというわけではないと思うのですが、という話を踏まえて)絶対必要です!・・・が、なかなか難しいですよね。

 

ブクメ:チーム内ではどうですか?

 

鈴木:英語ですね。細かいことを伝えるのが難しいです。だから、ボードを使って片言とかで言っていますが、それが伝えられればもっと良いなと思うのですが。

 

ブクメ:(日本人が考えるような英語を文法の間違えもなく、しっかり話さなくては話せないという考えをなくせば)意外と伝えること自体はできますよね。

 

鈴木:そうですね。あとは、なんとなくはわかるけど、なんとなくではいけないことって多いじゃないですか、サッカーって。だから、試合中に伝えることなどができないで、そこで伝えられていれば、その後のプレーも変わってきていたのになと思うことは、あります。

 

なので、難しいですけど、やった方が良いです、ちょっとでも良いので。

 

あとは、現地の言葉も少しでもできた方が良いです。英語ができない選手もいますので。時々、(簡単な英語である)右、左もわからない選手もいますので。

 

ブクメ:その場所で必要な単語を覚えておくだけでも必要ですね。お金とか、方向とか。

 

(ここで、片言クメール語をいくつか出し合って笑う)

 

鈴木:でも、モチベーションが難しいですよね。英語だと、色々なところで通じるので、今後につながりますけど、クメール語は、カンボジアでしか使えないので、今後のことを考えると難しいですよね。

 

(ここで、またブクメが私的な内容を挟んだのでそこは省略。結果的に、私は、今は英語で会話する生活になっているので、雑でも英語を使ってしまえと言う感じになっていますということから、結果的に中学生で習うくらいの単語と文法がわかっていればなんとかなりますね、という話に落ち着きます。)

 

ブクメ:結局、日本は島国ですし、日本から出なくても生活できますので、英語を日常で使う環境に持っていくのは難しいですよね。それに、なんだかんだで、外国というものを受け入れる準備もできているようでできていないですし、違うものを排除するようなところが実はあったりするような・・・。あとは、海外に出てきている日本人でも、日本での常識をそのまま持ち込んで、現地に溶け込まず、そのままの感覚で、ほぼ日本人同士でしかコミュニケーションを取らないで生活するという人もいますよね・・・、あとは、東南アジアをあからさまに下に見たような発言が普通に会話に多く出てくる人とか・・・(と、毒を吐き続けてしまうブクメ。鈴木雄太さんも苦笑いしながら聞いてくれています。)

 

鈴木:(私の話を聞きながら、そういう下に見たような発言をする方がいるということに対して)そこまで、言わなくてもということも実際にありますね。

 

ブクメ:逆に、カンボジア人から見た日本人も、長く付き合ったらおかしいなと思うことも多いでしょうからね。

 

(ここで、他の選手の話などに移りますが、ここも、個人の話になりますので、省略します。面白い、経歴を持っている選手は、やはりカンボジアリーグに挑戦している日本人には多いのかなという印象をここで持ちました。4つほど仕事を持っている選手もいるとか。ちなみに、カンボジアは、割と堅苦しくないことが多いので、日本だとすごく大変そうなことでも、挑戦することは、意外と簡単だったりします。その辺の話も、ここでは、書きませんが。)

 

(この後、銀行口座の事とか、外貨の話とか、プノンペンでの生活の話に完全に脱線して話は終盤に入っていきます。この辺は、フィールドは違っても、カンボジア生活では、少しだけ先輩の私が質問を受けるような形で気が付けば、この話題だけで15分くらい話していました。)

 

鈴木:(上記の話を受けて)勉強になります、この話は。サッカー選手同士では全くでないことなので。

 

ブクメ:では、とりあえず、インタビューは、ここまでにしましょう。

(上記でインタビューは、終了となります。)

*****

まとめ。

最後に、ありがとうございました・・・と言う形で終わらないのが、割と、何度か会っていて慣れてしまっていることからなのか、インタビュアーとしては、足りないところが多くあるなと、音声を聞きなおして反省しきりで終了です。今回の鈴木雄太選手の現在までに至る道というのは、実際に何度かお会いして話したりしている時にも聞いていた話はあったのですが、実際に、インタビューとして話を聞かせてもらうことで初めてわかること。そして、ブログの趣旨をお話しして、それを踏まえて話をすることで、読み直してみると、実際にサッカー経験者ではない私がブログで伝えようとしても絶対にできない、「サッカー選手として生きていく」ことを実践していることが、かなり詰まっていたと思います。

そして、やはり、文章として誰にでも読んでいただける形にするためには、文章の中には入れられないような、難しいことも多いこともわかります。

表面上のメディアというもの、きれいな部分だけが誇張される中で、本当に伝えたいことというのは、やはり実際に向き合って話をすることで分かることも多いのかなと感じました。

今後も、こういう機会が作って、様々な経験をしていて、現在プロを目指している、サッカー選手として生きていきたいと思って試行錯誤しているすべての選手に参考になるインタビューをお届けできればと考えています。

 

最後に、鈴木雄太選手へ。一個人のブログのインタビューに最後まで真摯に付き合っていただき、非常に非常に参考になるお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

鈴木雄太選手の所属するプノンペン・クラウンFCの情報は、オフィシャルfacebookページでチェック!(クメール語メインですが、英語が併記されてアップされる情報も多いのでぜひチェックしてみてください。)

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【インタビュー2017年5月】カンボジア1部リーグ プノンペン・クラウン所属 鈴木雄太選手②

どうも、ブクメです☆

プノンペン・クラウンFC所属の鈴木雄太選手へのインタビュー「【インタビュー2017年5月】カンボジア1部リーグ プノンペン・クラウン所属 鈴木雄太選手①」から続きます。文章が大変長くなっているため、3部構成で紹介します。インタビュー②は、大学卒業後から、現所属チームのプノンペン・クラウンFCへの加入前までの話になります。

それでは、インタビュー②をどうぞ!

 

(一通り、浦和の育成の選手の海外挑戦などの話をしつつ、オーストラリアはセカンドキャリアに向いていますよね、という話を挟みつつ、大学卒業後の話に移ります。)

 

ブクメ:それで、大学を卒業されて就職という流れ。ここから先ですよね?面白くなってくるのは。

 

鈴木:ええ、どうですかね?

 

ブクメ:大学卒業後は就職されているということですが、これは、大学4年の就職活動で決まったところと言うことになりますか?

 

鈴木:そうですね。4月に決まりました。就職先は、いわゆるベンチャー企業というところなんですよね。

 

今考えると、どうしてそう考えていたのかわからないところもあるのですが、みんなが行きたがるような大手などには行きたくなくて、ベンチャーに行って仕事に燃えるようなところを探していました。若気の至りと言うか、そういう思考になっていて、ベンチャーばかり受けていました。

 

やりたい仕事と言うよりも、やりたい仕事のタイプで選んでしまったことで、誰もが通る道だとは思うのですが、この仕事を長年やり続けることができるかと考えた時に、疑問が生まれてしまったんですね。会社が新宿にあって、住んでいた場所が東京で、大卒で給料も多くない中で、休みも少なく、たまの休みに朝まで同僚と遊んで使ってしまうような、典型的なサラリーマンのような生活を送っていたんですよ。

 

(ここで、オフレコですが、私が鈴木雄太さんに会うきっかけになった方との出会いのトークが入ります。)

 

ブクメ:疑問を抱いたところで新しいことに挑戦しようとなったのですか?

 

鈴木:本音を言うと、就職したものの、どこかでサッカーをしたい気持ちが、ずっと続いたものの、大学での出場経験も多くなかったですし、当時は、地域リーグなどでプレーするという考えはなく、情報もあまりなかったんですね。そのため、Jリーガーになれないのであれば、就職という選択肢になりました。

 

海外もよくわからなかったですし。同期で海外に行く選手が何人かいたのですが、凄いなと思うくらいで自分もという気持ちには、当時は、特にならなかったですね。サッカーをやりたい気持ちは、ずっとあったのですが・・・。

 

海外でプレーする選手や、地域リーグでプレーする選手のSNSなど見ながら、「いいな~」と思っていました。

 

もちろん、そういった選手たちも、しんどい思いをしていることも多かったと思うのですが、とにかく、毎日サッカーができていいなという思いが強かったですね。

 

ブクメ:それで、鈴鹿ランポーレの絡みのところに入ったのですかね?(経歴が複雑で理解できていないブクメw)

 

鈴木:そこに行くにも色々ありまして・・・、最初に就職した会社は、半年で辞めたんですよ。夏くらいに辞めるとしっかり両親に相談しまして、しっかり気持ちを順序立てて説明しました。(ブクメ談:補足で、その際に、実家にしっかり帰り、正座して、話したというところが、鈴木雄太さんらしいなと。)色々思うことは、あったと思いますが、尊重してくれたんですね。

 

それで、三重県に帰るわけではなく、そのまま東京で探そうと思い、FTA(フットボールトライアウトアカデミー)という・・大人のサッカー教室みたいなところがありまして、たぶん調べればわかります。

 

(調べてみました。フットボールトライアウトアカデミーhttp://www.football-tryout-academy.com/

 

結構お金は、かかりましたが、行ってよかったと思っています。未だに、そこの代表の方などと連絡をとっていて、相談などしています。基本的には、そこでサッカーの本質のようなものを学びながら、体を動かして、それで、時期が来たら海外挑戦や、トライアウトを受けるなどする流れで、国内のセレクションも受けに行きました。

 

そこで、初めて海外というものが頭に入ったわけですね。

 

ブクメ:ここの組織自体が、海外とつながりがあるとかそういうことですか?

 

鈴木:そうですね、代表の方自体は、特にそういう方向に行かせようとするのではなく、つながりのある方が来た時に、そういう話があるという情報などが来る感じですね。それで、そこから様々な国に行っている選手がいます。私も、会社を辞めた年の10月にタイにセレクションを受けに行っています。

 

ブクメ:経歴を見ていると、社会人になって最初のところを辞めて、鈴鹿ランポーレに入って、また辞めて別の会社に入ったようになっています・・・かね?(混乱中w)

 

鈴木:えと、それはですね。鈴鹿ランポーレは、働きながらでないとできないので、初めは、サッカースクールとチームのスタッフを選手兼という形でやっていたのですが、2年目は、仕事を変えたんですね(鈴鹿ランポーレの選手としてプレーしながら、仕事は1年目と2年目は、別のところをやっていたということでした。)

 

ブクメ:なるほど、そういうことでしたか。鈴鹿ランポーレは、所属している時は、関連の会社で働かなければならないということは、なかったのですか?

鈴木:そういうことはないですね。私が在籍していた1年目は、みんなアルバイトをしていましたね。私は、チームに正社員で雇ってもらったのですが・・・。

 

ブクメ:(再び経歴に混乱しながら)と言うことは、FTAは、鈴鹿ランポーレを辞めてからでしたか・・・あれ、そうではないか?

 

鈴木:FTAは、最初の仕事を辞めてから、鈴鹿ランポーレに入るまでですね。すごく、経歴を刻んでいるので。最初の会社を9月に辞めて、タイに行っていたりするので。

 

一ケ月くらいトライアウト行って、色々あって決まらず、一度帰ってきて、その時は、オーストラリアに行こうと思っていたんですよ・・・(笑いながら)でも、お金がなくて。

 

海外は、自分のお金で貯めて行かなくてはという気持ちがあったので、海外はまず止めて、地元の鈴鹿ランポーレに入りました。上のリーグを目指しているチームですし、その時に、初めて地域リーグも良いかなと思ったことがあります。大学生の時の自分に聞いたら、止めとけと言われそうですが。

 

ブクメ:このような形で2年間を過ごされていたということですね。(大学卒業後就職⇒9月に辞めて、FTAに入る⇒鈴鹿ランポーレで働きながらプレーするという期間)この2年間は、どうでしたか?

 

鈴木:まず第1に言えることは、チームに所属してサッカー出来るということが幸せだということを初めて強く感じました。タイに行ってうまく行かず、FTAに入っていたものの、そこでチームとして公式戦があるわけではありませんし。

 

すごく勉強には、なったんですけど・・・でも、正直、仕事しながらサッカーをするというのは、大変なことも多かったですね。それこそ、1年目のスタッフの時には、フットサル場の関連の仕事などもあったりしたので、朝練習して、夕方から夜までスクール、夜は、フットサル場で個サル(個人参加型フットサルのことで、その日に集まったメンバーでフットサルを楽しむことです。)やってたりして、夜12時くらいまで働いていました。それで、オフの日は1日仕事とか。

 

ブクメ:それだけの生活になっていたという感じですかね?

 

鈴木:そうですね。それで、2年間続けてきて、お金を貯めて。

 

ブクメ:それで、チェコ(FSC Stara Riseに2016年3月~5月まで所属)に行ったということですかね。ここへは、どのような経緯で入られたのですか?

 

鈴木:FTAで紹介された方の絡みですね。よくあるというのも変ですが、海外でやっている選手の知り合いという方ですね。

 

ブクメ:このチーム所属時は、いかがでしたか?ヨーロッパで言うと、東欧になりますかね。

 

鈴木:そうですね。ドイツの隣にある国ですけど、東欧ですね。

 

ブクメ:そうでした、そうすると東欧でも少し状況は、違いますかね。チェコは、国としては、いかがでしたか?

 

鈴木:良いところでしたよ。全然危ないこともないですし。ヨーロッパなので、きれいな街並みもありますし。人も優しかったですよ。

 

ブクメ:(比較的日本人に優しいと言われる)ドイツが近いこともあるんですかね?

 

鈴木:どうなんですかね。特に差別されるようなこともなく・・・というか、言葉もチェコ語で何を言っているのかよくわからなかったんですけどね。

 

ブクメ:なぜこういう質問をしたかというと、浦和レッズユース出身で現在フィリピン代表になっている佐藤大介選手が現在、ルーマニアでプレーしているのですが、サッカーのレベルは、高くて良いということなのですが、生活面などでは、そういうアジア人に対する目のようなところで、難しい部分も多いという話を聞いたものですから。

 

鈴木:もしかすると、トップリーグに行くと変わってくるかもしれませんね。私は、下部リーグで地域的にも田舎のチームだったのでそうだったということなのかもしれません(FSC Stara Riseは、インタビューの時点でチェコの4部リーグに所属するオーストリアに比較的近い、南部のイフラヴァを本拠地とするチーム。)

 

選手によっては、他に仕事をしていたり、どちらかというとチームとファンが近い距離のチームでしたので。やはり、1部リーグになるとそういうのがあるかもしれません。以前、スロヴァキアでそのようなことがあったような話を聞いたことはあります。

 

その辺は、感じ方の違いがあるのではないかなとも思いますよ。気にする気にしないだけでも全く違ってくるでしょうし。

ブクメ:なるほど。

 

鈴木:私は、そこは、あまり気にしないようにしています。

 

ブクメ:その時の外国人枠は、どのくらいありましたか?

 

鈴木:わからないですね。私がいたチームは、外国人は私含めて3人でした(鈴木雄太さんの他に日本人2人。)最初、3部のチームに受けに行くと聴いていたのですが、蓋を開けてみたら4部でした。3部に行った選手もいて、そこは、確か4人くらい外国人枠があったと思います。

 

ブクメ:やっているサッカーは、どんな感じでしたか?

 

鈴木:身長が大きい選手が多い国なので、大きく蹴るサッカーになることが多かったですね。細かくつなぐというよりは、早めにサイドを使ってクロスを上げるようなサッカーでした。

 

ブクメ:外国人枠は、どこで使われてましたか?

 

鈴木:どこですかね。私は、サイドでしたね。大学時代までは、サイドは、ほとんどやったことがなかったんですけどね。トライアウトでは、ボランチの選手は、目立ちにくいというのもありまして、そういう選手を求めているチームの監督には、わかってもらえると思うのですが、トライアウトでは、インパクトが大事で、1日で評価してもらう必要があるケースもあるので、サイドの方がアピールがしやすいと考えていて、実際チェコでは、サイドをやっていました。

 

実は、プノンペン・クラウンFCも最初はサイドで入ったんですけどね、トライアウトの時には。結果的には、ボランチになってました。

 

ブクメ:サイドだと、追い越して攻撃だったり、見栄えが良いというのもあるのですかね。

 

鈴木:そうですね、あとは、アシストだったり、ゴールに近いプレーもできますからね。

 

ブクメ:フォワードとかは?

 

鈴木:フォワードは、できないですね。1.5列目とかだったらまだできるかもしれませんが。鈴鹿ランポーレでも、サイドやってましたね。

 

ブクメ:そうですよね。プノンペン・クラウンFCでも、観戦した時にサイドをやっていた時がありましたが、攻撃参加など、サイドが慣れているように見えるプレーも多く見られました。

 

鈴木:そうですね。まあ、今は、色々なところがやれて良いですね(チーム事情や、けが人の関係で、色々なポジションを任されているという話も以前聞いていました。)

 

(ここで、プノンペン・クラウンFCの現在の状況や、私が勝手に見た感想などを語りつつ、雑談のような形になりましたが、ここは、個人の感想が入りすぎているので、省略します。実際にカンボジア人の中でプレーしている鈴木雄太選手の話の中で、カンボジア人選手は、日本のように体を作るための食事の摂り方などを教わっていないために、小さいけど強いという選手があまりいないようなイメージがあるという話は、興味深かったです。)

 

ブクメ:話をチェコ時代に戻しまして、ここには、それほど長くいなかったですよね?

 

鈴木:ヨーロッパは、VISAの取得が難しいとよく言われていますが、シェンゲン協定があって、3か月しかVISAなしではいられないんですね。で、それも行く前に、チームが決まればVISAは出してもらえるということだったのですが、結果的には、おりず・・・とは言っても、下調べをしっかりしなかった自分も悪いのですが、実際は、無理でした。お金をもらってプレーしていたのですが、プロでないといけないということで、国の法律の関係なのか、プロとして認められなかったということのようで、VISAは出せないと言われたんですね。

 

それで、結局3か月しかいませんでした。試合も結局、9試合出場して、リーグ戦の途中で退団する形になりました。

 

(ここで、海外あるある的なVISAの色々な話がでましたが、もちろんオフレコです。いずれにしても、ずるい方法を使いたくないということや、自分がチームからそこまで認められていないということを受け止めようという考え方をして、鈴木雄太さんらしい選択肢で去ることを選んだとも言えると思われます。)

 

上記の中で、いくつか書ける内容で参考になることを書きだします。

 

ヨーロッパやアジアなど、移籍先として良い話をきれいな部分が誇張されて入ってくることが多いが、実際は、難しい部分が多く隠れている。それでも、聞いた話をうのみにして、深く追求してから挑戦しようという人が少ない。鈴木雄太さんは、できなかったことで実際の経験から知ることができたことが大きかった、人のせいにしても仕方がないという考え方に持っていくことができたと語っていますが、経験した立場からすれば、良い情報が入ってきた時点で、できる限り自分で調べたり、人に聞いたりすることが必要だと思うと語っています。そして、仮に自分で100%準備できたと思っても足りず、現地で起こる予想していなかったことは多いとも語っています。

 

鈴木:(上記を踏まえつつ)私は、この時のことでは、それを知れたことで良いかなと、思いましたね、色々な感情はありましたけどね。それも含めて自分の実力かなと考えました。自分で選んで自分で決めたことなら後悔しないかなと。

 

ブクメ:ちなみに、最初の就職先を辞める時のように、ご家族の方には、その後の色々な挑戦も説明したのですか?どういう反応でしたか?

 

鈴木:話はしていますね。私の家族は、そういうことは、応援してくれる方なので。本当に感謝しています。色々思うことは、あると思うんですけどね。地元の場所柄、地域で情報が広がりやすいところがあるので、もしかすると色々と私が知らないところで言われているかもしれません。それでも、私の前では、何もないようにふるまってくれているのだと思います。それで、いつも背中を押してくれるので、幸せですね。恩返しができると良いのですけどね。カンボジアにも呼びたいんですけどね。仕事など忙しくてなかなか叶わないのですが。

 

家族も、結構、やりたいことを仕事にしているんですよ。そういうこともあって、応援してくれているのかな、とも思います。

 

ブクメ:そういう環境が用意されているのは、幸せですね。

 

鈴木:それでも、祖母には、心配されていて、実家に帰ると、言われるときもありますけどね。

 

ブクメ:世代的なものもありますかね。(サッカーとは、まったく違う私の仕事ですが、)私の父は、年代的に、鈴木雄太さんの祖父母の年齢に近いのですが、若いころには、なかなか私のやっていることが理解されずに、よくお説教されていました。

 

会社に勤めた方が安心とか、そういう雰囲気の事は、よく言われていました(今話を聞くと、何をするにも社会人の経験が必要でそこを経由しておくことが必要ということが内容に含まれていたのですが、当時の私は、素直に受け取れずイライラしていました。)

 

鈴木:時代は、変わりますからね。その時の流れを理解するのは、難しいかもしれませんね。私の祖母も、その国(現在挑戦しているカンボジアのこと)は、地雷の国ではないのか、大丈夫なのかと心配しています。実際、どの国も首都の発展具合は、変わらないですよね。

 

(ここで、カンボジアに関しての話で少し盛り上がります。おそらく、これを読んでいただいている、多くの年代の方でもカンボジアのイメージは、貧困や、地雷のイメージがあると思いますし、実際に、メディアに取り上げられるカンボジアも、日本が支援しているところをピックアップしたようないわゆる支援が必要な場所を焦点にして放送されることが多いため、そのイメージが定着してしまっていると思いますが、実際、そういう場所も多いですが、プノンペンやアンコールワットのあるシェムリアップなど、都市部の成長は著しく、おそらく、一度でも足を運んでいただくと、まったくイメージと違うカンボジアがそこにあることに驚かれると思います。)

 

ブクメ:それで、チェコの後は、もう一度タイに行ったんでしたか?

 

鈴木:いえ、タイには、行っていませんね。日本に帰ってきたのが、ちょうど去年の今頃(2016年5月)ですね。ちょうどアジアのマーケットが開く時期で、ヨーロッパのマーケットも開く時期じゃないですか。それで、色々模索したのですが、タイミングも合わずでした。

 

ヨーロッパは、まずシェンゲン協定でそもそも行くのは難しいんですよ。シェンゲン外だったら行けるんですけど。今回代表に選ばれた加藤選手(ブルガリアリーグのベロエに所属して日本代表にサプライズ選出された加藤恒平選手)のブルガリアのトライアウトもどうかとは言われたのですが、うまいこと行かず、どうしようかと悩んだのですが、それでも、まだ諦めたくは、なかったですので、そこから半年間、三重県リーグのチームに入りました。派遣社員として働きながら。

 

ブクメ:すごいですね。

 

鈴木:その半年もすごく大変でしたけどね。地元の友達には、ニートだろうとか、からかわれたりしていました。半分冗談、半分心配してですけどね。

 

その頃は、朝6時から働いていましたね。そのチームは、練習は週2回しかなかったので。3,4日は、公園で一人でボール蹴っていたりとか。

 

その時に、自分は、本当にサッカーが好きなんだなと思いました。

 

ブクメ:なるほど。それで、その後にカンボジアが来るわけですね。

 

鈴木:その前に、ミャンマーにトライアウトを受けに行っていますね、年末に。

 

ブクメ:ミャンマーはどうでしたか?

 

鈴木:私が受けたのは2チームで、その受けた2チームで感じたこととしては、環境は、カンボジアよりも酷い印象がありましたね。グラウンドも、トップのチームは、良いのですが、それ以外のチームは、カンボジアのオールドスタジアム(プノンペンにあるスタジアムの一つで、リーグ戦でも良く使用されるが、ピッチコンディションがかなり酷い。)みたいな、ほぼ土みたいな(これは、おそらく、以前のレッズランドの天然芝が荒れている時のような状況を想像していただくとわかりやすいかもしれません。)

 

(私が余計な話を挟んだのですが、少し付き合ってもらいつつ。)

 

鈴木:ここも良い経験にはなりました。

 

ブクメ:ここも、FTAの絡みからの紹介ですか?

 

鈴木:ここは、まったく関係なくて、海外でサッカーをやっている知人からの紹介で。オファーがあったのですが、ここも色々ありまして。それで、もう代理人をつけるのは止めて、自分でやろうかと思いました。

 

ブクメ:それで、今は、個人でやっているのですか?

 

鈴木:誰も代理人はつけていないですね。東南アジアであれば、いなくても可能性はあると思います。いた方が話はしやすいとは思いますが。

 

ブクメ:代理人も現在は、面倒な資格などがなくなって、ある意味誰でもできるようになっていますよね(2015年にFIFAの公認代理人制度が廃止になっている。) 私が代理人やっても良いくらいというか。

 

(ここで、代理人トークになり、盛り上がりましたが、ここもオフレコです。重要な部分を拾い上げると、代理人に関しては、極端に言うと個人でも簡単にできてしまう時代になっているので、信用しすぎないこと、自己責任であることを認識する。判断が難しいようであれば、信頼できる人に相談してみる。たとえ、その人が直接わからなくても、信頼できる人のコネクションで確認することはできることがあると思います。)

 

(この後、信頼性の話になって、私の話になりました。サッカーとは、関係ないですが、私責任で少し書かせてもらいますと、海外の場合は、日本人同士のつながりというのが余計に強くなる。これは、日本人の性質というのもあると思いますが、私個人の経験では、これまで日本人同士で会話していて、凄くきれいな話が多かったところが、ここ最近は、同じ日本人と関わってきたというカンボジア人と近い距離で付き合うことになったことで、日本人同士で話していたことと、カンボジア人から聞いたその人というのが、つじつまが合わないケースが割と多いなと感じています。信用できる方も多いですが、海外になった場合には、言葉も通じる日本人を狭い世界で信用してしまうケースも多いですが、それは、明らかに危険であるということも加えて書いておきます。)

 

(この後、再び脱線し、東南アジアのリーグの話や、カンボジアリーグ、更に、プノンペン・クラウンFCの話になりますが、チーム事情が含まれているので、省略します。この話の中で、特に鈴木雄太さんが強調しているのは、現在の指導者にすごく恵まれていて、様々な難しい状況もあると思うが、それでも指導者が、ぶれずに自分のやり方を出そうと努力、奮闘されているということでした。)

 

*写真を挟みます。プノンペン・クラウンFCのホームスタジアムとチケット。

 

ブクメ:それで、ミャンマーが上手く行かず、その後は、どうされましたか?

 

鈴木:最初は、ミャンマーから近いと言うこともあり、カンボジアも考えたのですが、ちょうど、その時、外国人枠が埋まっていて、それで、ミャンマーでプレーしていた以前カンボジアリーグでプレーしていた方と知り合って、色々話を聞いていて、カンボジアリーグであれば、環境としては、上位チームでないと、色々大変なことが多いと聞きました。それならば、他の国にしようかと考えました。

それで、フィリピンを考えました。

 

ブクメ:そこで、フィリピンなのですね。

 

鈴木:はい。フィリピンは、自分で考えて、色々チームにコンタクトを取って、英語はよくわからないのですが、そんなことが書いてあるのかなと思ったら飛び込んでという感じです。

 

ブクメ:具体的には、メールなど出すのですか?

 

鈴木:そうですね。メールか、あとは、facebookページですね。なんなら、facebookの方が早いですね。

 

ブクメ:チームでも、そういう方法を受け入れているのですか?

 

鈴木:そうですね、結局、現在所属しているプノンペン・クラウンFCも最初はfacebookでコンタクトを取っていますので。

 

(ここで、一つ触れておきますが、日本でのSNSの流行などは、正直なところ海外と比較するとかなり異質です。日本では、次のブームに移行させようとする動きと、それに乗ってしまう人が多いのですが、海外では、未だにfacebookが連絡手段としては、主流です。サッカー選手で海外を考えていて、ブームが去ったと言ってfacebookをやめてしまっていたり、まだ始めていないという方は、利用して慣れておくことをお勧めします。)

 

ブクメ:フィリピンでは、そのような形で練習会に参加されたということですね。

 

鈴木:そうですね、2チーム参加しています。1つ目のチームは、やや特殊で、3日間練習会をやりますと言われて、参加者が絞られていく形で最後は、12,3人になって、思ったより多く残っているなと思ったら、そこから、その残ったメンバーで1週間練習をして、それで週末に、フィリピン1部リーグのチームとその外国人チームで試合をしまして、それで決めると言われていたのですが、結果的に、それでうまく行かなかったんですね。

 

ブクメ:最終選考までは、鈴木雄太選手は残っていたのですね。

 

鈴木:はい。でも・・・、その時残っていたメンバーで現在加入して登録されている選手がいるかは、不明なんですよね。もともと、練習会をやった時点で、外国人枠は、4人ほど埋まっていたと思うので。フィリピンは、よくわからないことが多かったですね。

 

(ここで、浦和レッズユース出身の佐藤大介がフィリピンリーグのグローバルに所属していたことから、そこから得た情報などで、話が盛り上がりますが、ここも内容的に念のため省略します。)

 

鈴木:もう一つは、昔、伊藤壇さん(およそ20の国地域でプレーしている東南アジアへの海外挑戦のお手本とされる選手)がプレーしたチームですね。そこを受けていたのですが、そこも、色々大変でした。一応、最後まで残ったのですが、契約の話がなくて、最終的には、資金不足でリーグに参加しないとなって、話はそこで終わりになりました。

 

(2017シーズンから、フィリピンリーグは、これまでは、マニラの1か所で開催されるセントラル方式がとられていたところから、各チームがホームを持つことになり、例えば、佐藤大介が所属していたグローバルFCは、セブがホームになったり。移動も多く、資金的に多く必要になることなども影響したのかもしれません。)

 

ここまでで、インタビュー②を終了します。この後のインタビュー③では、いよいよ現在所属しているプノンペン・クラウンFCへの加入の経緯に入っていきます。

インタビュー①へインタビュー③へ

 

【インタビュー2017年5月】カンボジア1部リーグ プノンペン・クラウン所属 鈴木雄太選手①

どうも、ブクメです☆

長年、ブクメのサッカーな日々のブログを書いてきまして、初の試みです。

現在カンボジアを拠点にしており、割と頻繁に日本には帰れているものの、なかなか、これまでのように日本で育成の試合を多く見てレポートを書くということができない中で、できることを考えていました。育成の選手に向けてできること。その試みの一つとして、自分が関わってきた選手(プロや現役サッカー選手に限らず、育成の選手に伝わるような話が聞けそうな方)にインタビューを取らせていただき、ブログで紹介させていただくことを考えました。

それでも、皆様ご存知のように、ブクメは、結構ひねくれていますので、そういう選手と会える場に行って、話しかけて、お願いして、ブログを書く人と、インタービューされるサッカー選手という状況でいきなり話を伺うというのは嫌で、縁があって知り合うことができ、ある程度、気軽に話せる関係性になっている方が良いなと。

なので、そういう意味では、私は、運が良い方だなと感じています。現在住んでいるカンボジアリーグにも多くの日本人選手が所属しています。その中で、私がサッカーと関係なく行動する中で、以前働いていた仕事の関係で知り合った方と食事をしている場に、ちょうど来ていた日本人の同級生がカンボジアリーグでサッカーをしているという流れから、紹介されて、仲良くなり、今回インタビューさせていただいたのが、カンボジア1部リーグのプノンペン・クラウンFCに所属している鈴木雄太選手になります。

既に、プノンペン・クラウンFC関連の試合は、3試合観戦して、そのうち2試合は、ブログに書いています。「2017/04/29 カンボジアリーグ プノンペンクラウンvsボンケットの試合を観戦してきました。」「2017/05/25 カンボジアリーグ ボンケットvsプノンペン・クラウンの試合を観戦してきました。

面白いもので、ちょうど、初めて鈴木雄太選手を見たのは、まだ、紹介される前で、その試合に関しては、ここでは触れていないのですが、別のサイトでプノンペン・クラウンFCのスタジアム情報として掲載した時に取り上げています(ブクメの日々「カンボジアサッカーの歩き方(RSNスタジアム/プノンペン・クラウン | 2016-2017)」にて。)ちょうど、この試合で足を運ぶ少し前に加入が決まり、その試合は途中出場ということでした。

・・・と、前置きがダラダラ長くなるのが、私の悪い癖と言うことで、実際のインタビューの話に移りたいと思います。

あえて、経歴などは、インタビューの中で細かく触れるということで、大まかにまず触れておきますと、鈴木雄太選手は、三重県出身で小学校は、下御糸小学校、中学校は、明和中学校、そして、津工業高校、専修大学で学生時代を過ごし、その後の経歴がやや特殊で社会人を経験してから社会人リーグなど経て海外挑戦へと移っていき今に至っています。

単純に今に至るまでの経歴だけでも興味深いものになるのですが、ここに至るまでの様々な話は、現在育成カテゴリで頑張っている選手にも、既にサッカーとは違った道に進んでいる選手にも参考になる話が多いのではないかと思います。

本人の言葉でも出てきていますが、サッカーに対して非常にまじめに取り組んでいる方です。正直なところ、プロとして規則正しい生活を心がけている鈴木雄太選手を、遅めの時間まで引っ張り出したりしようとしてしまって迷惑をかけてしまっていることもありますが、優しく接していただいています(すみませんw)

文章の中で、「運が良い」という話も多く出てきますが、これは、非常に重要な要素で、良くも悪くも、流れに逆らいすぎずに、そこで出てきたチャンスをしっかりつかむ嗅覚と度胸が、今の鈴木雄太選手を作っているのかなと思います。

まずパート1として、学生時代のところまでのインタビューを掲載します。

インタービュー

(雑談からスタート。録音機材の話と価格の話から、なごやかに入る。)

(前日に、ブクメは、カンボジア1部リーグのボンケットvsプノンペンクラウンの試合を観戦していました。)

ブクメ:昨日の試合は、相手が一人少なくなってからの方が苦戦しているように見えました。相手は、より攻撃は個人技重視になって守りの部分も固めている印象で、そこを打開することができない中で、鈴木選手が良いパスを出したのに、前線で奪われてカウンターを受けてという形が多くなったように見えましたが。

 

鈴木:ボンケットは、やることがはっきりして、逆に良くなりましたよね。もう少し自分ができることがあったと思うんですけどね~

 

(ここで、本題に。通常のサッカーメディアなどのようなインタービューというよりは、ブログの趣旨である、育成世代の選手たち、特に最も関わらせていただいている浦和レッズの育成世代で頑張っている、悩んでいる選手が最優先、また、その活動の中で縁があった選手、に向けて、更に、選手のご父兄の方の参考になるような内容を雑談の中で拾わせてもらいたい旨を伝えて話に入る。)

 

ブクメ:では、経歴についてこちらでも調べさせていただいたのですが、その情報とすり合わせながら確認しながら、お話を聞かせてください。

 

鈴木:私の場合は、普通の経歴ではないので、もしかしたら・・・

 

ブクメ:逆に、育成の中でも、順風満帆にプロまで上がる選手に関しては、あまり関与しない(基本的に、浦和のトップないしは、プロになれば、サポーターが付きより多くの人にバトンタッチをできるというような意味合い)方針なので、普通の経歴でない方の話の方が、伝わるものが多いと思います。育成は、能力があっても、例えば監督やコーチとそりが合わなかったり、やり方が上手くないと評価されにくいケースなどある。

 

(これ以外に、ブクメが考える今の浦和レッズの育成の状況などを伝えました。)

 

ブクメ:まず、出身は三重県で、サッカーを始めたのは、いつくらいからになりますか?

 

鈴木:小学校1年生の終わりくらいからですね。

 

ブクメ:きっかけは、何になりますか?

 

鈴木:誰かの影響でというよりは、サッカーを始めたのは、自分からですね。運動など体を動かす方が好きで、何かスポーツをやりたいと思っていたのですが、私が生まれた明和町は、ソフトボールの方が盛んで、小学校に入った時には、まだサッカーチームがなく、やはり、よくあるように、スポーツと言えば、サッカーか野球かという感じで、どちらかというとソフトボールは、動かない時間の方が多くて・・・、動きたいタイプなので・・・だから、小さい頃の夢には、サッカー選手かマラソン選手かと書いてあるんですよね。今はマラソン選手には、なりたいとは思っていないのですが。

 

ブクメ:体力はありますか?

 

鈴木:体力の方は自信がありますね。それなりに。

ブクメ:確かに、試合を見ていても、(過酷なカンボジアの暑さの中でも)走れてますよね。

 

ブクメ:小学校の時は、クラブチームなどには所属していたのですか?

 

鈴木:私の小学校は100人くらいしかいなくて、町内で6つのチームが集まったチームというのがありまして、それでも各小学校には、ソフトボールクラブがあったので、割とそちらに持っていかれるケースが多く、私の小学校からは私一人だけでしたね。

 

ブクメ:小学校では、大会などには参加していましたか?

 

鈴木:やや特殊なのですが、全小(全日本少年サッカー大会)にトレセンで出場することになったんですね。明和町になるのですが、地域大会は、松阪市になるんですね(松阪牛の)。

で、三重県内では、他は少年団になるので、運良く優勝して、全国大会に出場することになって、よみうりランドで試合しました。

 

ブクメ:全小は、どのような感じでしたか?

 

鈴木:その時は、予選が4チームで1次予選、1勝2分で勝ち進めなかったんですよね、対戦相手は、福島、鹿児島などとやったと思います。選手宣誓を福島のチームがしていたので運よくテレビに映れたというか・・・笑

 

(後ほど、全日本少年サッカー大会2002を調べてみたところ、松阪JFCとして参加していた大会で鈴木雄太選手の松阪JFCは、鹿児島の川上、島根の高津、福島の油井と対戦して、1勝2分けの2位で敗退となっていました。ちなみに、この年に全小を制したのが、FC浦和でした。)

 

ブクメ:それで、小学校にそのようなキャリアを積まれまして、中学校は?

 

鈴木:中学校は、そのまま明和中学校に上がってサッカー部に入りました。ただ、そこは、特殊で、少年団を立ち上げた監督が、中学校のサッカー部に外部からコーチとして参加していて、それとは別に顧問の先生もいるような形で、半分ジュニアユースに近いような感じなのですよね。それで、練習もサッカー部として活動はするが、練習以外にジュニアユースのように水曜日にナイターがあったりとか、色々な部分でやや特殊でしたが、その方が関わっていなかったら、そこまで伸びなかったかもしれません。

 

その方が少年団を立ち上げたころには、まだ中学校にはサッカー部がなかったのですが、少年団で教えた選手が中学校でサッカーを続けられる環境を作っていただいたのが、その方ですね。

 

その方が、私のサッカーの原点というか、その方に関われたことが大きかったと思いますし、大学生くらいまでは、頻繁に会って相談していましたね。良い大人になったので(それほど、会ったり、相談はしていませんが)報告はしっかりしています。

 

ブクメ:その方の元で中学校は、3年間プレーされていたのですね。この頃は、選抜などはいかがでしたか?

 

鈴木:中学校でも県のトレセンには選ばれていました。でも、中学校では一度落ちていますね。

ブクメ(ここで、少しありがちな質問もしておかなければならないと勝手にひらめく):ちなみに、そのトレセンで現在名前の知られているような選手は、いましたか?

 

鈴木:小学校の時は三重県トレセンには、山口蛍選手がいましたね。小5の時だったと思います。で、なぜか小6の時にトレセンから漏れたと思っていて気が付いたらセレッソに行っていましたね。当時からめちゃくちゃ上手かったですね、彼は。

 

中学校だと、同世代にはいなかったと思いますが、一歳下だと、矢田旭選手(名古屋グランパス所属)とか、上村岬(2016年までジュビロ磐田所属、2017年現在FC今治所属)がいましたね。あとは、一歳上だと、内田健太選手(名古屋グランパス所属)がいましたね。

、Jリーガーとしてプレーしている選手ですね。

 

ブクメ(なんだか、この話をつなげずに、次に質問に移ってしまう):鈴木雄太さんは、どのポジションをやっていましたか?現在のようにボランチがメインでしたか?

 

鈴木:ずっと、ボランチをやっていますね。

 

ブクメ:割と、過去にまったく違うポジションを長くやっていたり、チーム事情でやりたくないポジションをやらされていた過去があるという選手も多いのですが、ずっとボランチをやっていたのですね?

 

鈴木:小学校の頃は、色々なポジションをやっていましたが、中学校からは、ずっとボランチですね。

 

ブクメ:中学までお聞きしました。高校は、津工業高校ですね。高校時代は、いかがでしたか?

 

鈴木:1年生の時に一度辞めようと思ったことがありました。最初の頃、先生と合わない時期がありまして。。入れ替わりで卒業した3年生でキャプテンをやっていた選手が同じ中学校出身の選手で、すごく良い選手だったのですが、ポジションが同じで、たびたび比較されていた。その時の言われ方が、「○○だったらできたのに・・・」という言われ方をされていました。(今考えれば、)その言葉には、色々な意味があったと思うのですが、当時は、そのことがわからずに、どうして比較されるんだろうという思いの方が強かったですね。

 

ブクメ:プレースタイルなど似ている部分があったのですか?

 

鈴木:ボランチで、派手ではないが、プレーが適格と言うか。

 

ブクメ:そういう状況がありつつも、辞めずに続けたのですか?

 

鈴木:そうですね、それでも1年生の頃は、試合も出たことがなかったですし。

 

ブクメ:それは、その先生とそりが合わない部分などが大きかったのですか?

 

鈴木:実力の問題もあると思いますが・・・全国的には、強かったわけではないですが、強豪から良い選手が集まってくる高校でしたので。

ブクメ:経歴を見てみると、高校で良い成績を収めている(2年次に第86回全国高校サッカー選手権で3位になっている)とありましたが。

 

鈴木:そうなんですよ。私は、運が良い方でして、1年生の時は試合に出られなくて、選手権(全国高校サッカー選手権大会)では、スタンドで応援していたんですけど、ピッチの中で同じ年齢の選手がプレーして、自分は何をしているのだろうと思いまして・・・応援しつつ・・・そこから考え方が変わったんですね。それまでは、文句ばかり言って人のせいにして特に何もしていなかったのですが、この経験で、このまま終わるのは悔しいなという気持ちが強くなりました。その時が、一番努力しました。

 

ブクメ:具体的には?

 

鈴木:特にあるわけではないのですが、グラウンドに一番先に入るとか。それが良いことかどうかはわかりませんが、それしか考えられなかったので。

 

ブクメ:それは、ありますよね。育成の選手を見てきた中でも、考え方が変わった瞬間からプレーも変わるという選手も結構見てきていますので、そういうことがきっかけになることは、ありますし、重要なことですよね。

 

鈴木:そういう状況になれたのもラッキーだと思います。

 

ブクメ:それで、大学は、専修大学に入ったわけですね。

 

鈴木:そうですね。

 

ブクメ:専修大は、どのような形で入ったのですか?

 

鈴木:サッカー推薦なのですが、これも運が良くて、たまたま2年次に選手権で3位になっていて、2年次の成績が推薦に大きく影響するので、この成績で関東1部の専修大学への推薦が取れたとも言えます。工業高校なので、就職することを考える選手も多く、私は、ぽっと出でうまく行ってしまったとも言えます。私たちの代はラッキーだと思います。

 

ブクメ:ラッキーは、ラッキーでも、そのチャンスをつかんだことで今があるとも言えますよね。

 

鈴木:選手権で勝ち上がれたのも、運が良かった部分もあると思いますし。実際、準決勝で大前元紀選手のいる流経大柏(流通経済大学柏高校)に、0-6で完敗しましたし。

 

ブクメ:あ、その年って確か浦和レッズユースも、高円宮杯で流経大柏相手に大敗したような・・・。

 

鈴木:高円宮杯も優勝した年なので、そのはずですよ。その年の流経大柏からは、たくさんJリーガー出てますね。こんなうまい選手がいるのかとビックリしました。

 

ブクメ:正直、あの時の流経大柏の強さは異常でしたよね。私も、ちょうど浦和レッズのユースを見始めて2年、3年目くらいの時で当時、高校サッカーを良く知らずに浦和レッズユースも黄金世代と言われていた時期で、山田直輝とか、高橋峻希とか、原口元気とか、普通に高校サッカーより、浦和レッズユースの方が強いし、負けることが考えられないと甘く考えてみていた部分もあったところで、高円宮杯の準決勝で、見たことないような大敗を流経大柏に喫して、驚かされて、高校サッカーの強さを知ったところもありますし、実際は、今は、高校サッカーの方が強いとまで言われることが多くなっている時代になっていますが、当時は、本当に驚かされました。実際、その後も浦和レッズユースは、流経大柏との対戦では、かなり苦戦を強いられているイメージが今まで続いていますが・・・。

 

(この話の時には、お互い、場は違えど、当時の状況下での流経大柏の強さを思い出して苦笑いしてました。)

 

ブクメ:大学サッカーは、まだ見始めてそこまで長くないのであまり詳しくないのですが、当時の専修大は、大学サッカーでは、あまりやっていなかったようなスタイルを見せて強烈な印象があるのですが。専修大学の時は、どのような感じでしたか?

 

鈴木:私は、そんなに試合絡んでいないですけど・・・、当時のサッカーは凄かったですね。私は、AチームとBチームを行ったり来たりしていました。4年生まで一度も試合に出たことはなかったですし。Iリーグとか、出てました。

 

登録などは、結構されたものの、結局、自分の実力が足らずに出られなくて、4年の後期に初めて出場しました。その頃、就職活動をしていたので、就職決まってからなんですよ。

就職決まってから、このまま終わって良いのか、両親にお金を出してもらって東京に出て来たのに、このままで良いのかという。

 

結構3年生までは、ひどかったんです。夢を持って東京に出て来たのですが、でも・・・、色々難しいことがあって・・・。

 

ブクメ:遊んでしまったとかですか?

 

鈴木:遊んでしまったということはないのですが、サッカーに対して真剣に取り組めていなかったです。もったいない時間を過ごしてしまったと思います。

でも、大学は、そうなってしまう選手が多いと思います、実力があっても。

私は、実力がともなってもいなかったのですが。

 

大学って、基本的に(関東1部クラスになると)下手な選手っていないじゃないですか?その中で、何か持っているとか、できるとか、ないとダメじゃないですか。

 

ブクメ:3年生までの苦しんでいたという状況に関して詳しく聞かせてもらえますか?私が知っている選手でも、浦和レッズユースを経由して大学に進学して、そこから思うようにいかないという選手も多く見てきましたので、できれば参考になるような話をいただきたいです。

 

鈴木:どちらかというと、私は、やらかしてしまう方というか、性格が真面目なところもあるかもしれませんが、それで失敗をしてしまうというか。

大学1年生は、チームのための準備などやる作業が多いのですが、何をやってしまったとかは覚えていないのですが、入部から2か月くらいで失敗をしていまいまして。その時の経験で少し、若かったこともありますが、マイナスに考えてしまったことがありました。

 

大学には、同じ高校から入学した選手がいたのですが、その選手は、1年生から出ていて・・・その選手と、高校生の時にセレクションに行っていて、その選手は、最初からほしいと言われていて、私は、ついでに受かったようなものなんですよ。すごい調子が良かったわけでも無くて、それも運が良かったというか・・・。

 

大学によると思いますが、専修大学は、当時、コーチがサッカー、監督が社会人になるための厳しさを教えるタイプで、その流れの中で、(これも、言葉に対して最も敏感な高校生や大学生くらいの世代だったからと今思えばあるがという話を踏まえて)言葉の中の深い意味を理解できずに、素直に受け取りすぎてしまって苦しんだ時期もありましたね。

 

1年生、2年生の頃は、がんばろうという気持ちがあったのですが、AとBを行ったり来たりすることで、Bに落ちると、なかなか上がれないという状況があり、そこでさらに気持ちを入れなおしてやることができなかったんですね。そうなると、やはりうまく行かないですよね。

 

ブクメ:例えば、ユースを見ていても、AチームとBチームになってしまった時に、応援する側からすると、ここでアピールしないと、いつまで経ってもAチームに上がれないぞ、となるのですが、実際の状況を考えてみると、Aチームのように、それぞれのポジションに慣れた選手がいて、形がある程度できている中に、入ってプレーする状況と比べると、Bチームは、選手の入れ替わりが多かったり、Aチームから落ちてしまった選手と、下の学年の選手がこれからアピールしていくという状況がミックスされる中で、そもそもチームとしての形もまとまっていない、全体的なモチベーションも難しいところがありますが、同じようなことはありましたか?

 

鈴木:ありましたね。どちらかというと、這い上がろうとする選手が抑えられるというような雰囲気というか、私も、這い上がりたい気持ちがないわけではなかったものの、そういう雰囲気で、その気持ちが出せていなかったというか。年齢的にも、一番流されやすい時期というのもありましたね。

 

ブクメ:変な意味で、かっこつけないといけないような時期でもありますね。

鈴木:しかも、私は三重県から東京に出てきたので、東京には楽しいこともたくさんあるわけじゃないですか。部活ならではの付き合いもありますし、そこを断れない雰囲気もあります。

 

それでも、4年の後期に出場する前にもAチームに上がることも何度もあったものの、そのチャンスをつかめずに、またBに落ちるなどありましたね。

 

 

鈴木:結果的に、1年生の時は、チームもあまりうまく機能せず、2部に降格してしまったりしました。選手は、良い選手がそろっていたのですが・・・。

 

ブクメ:なるほど。ちなみに、同期で浦和レッズユースからの選手はいましたか?

鈴木:同期では、浦和レッズユースからの選手はいないです。1つ下の学年に、加瀬光、利根川良太、新井貴晴がいましたね。

 

(この話題から、専修大学に所属していた浦和レッズユースの育成出身の選手が海外挑戦をしていたという私が聞いている情報や、鈴木雄太さんが聞いている情報などで盛り上がったものの、細かい確証がないため、省略しますが、話は盛り上がりました。)

 

鈴木:大学でも色々ありましたけど、良い経験になりましたね。3年生の時に専修大学は、日本一になったのですが、その時から、サッカー部の中から全部が変わったというか、1つ上の先輩方がサッカーに関しても、それ以外でも、Bチームの方も含めてすごい方が多くて。

(ここで、鈴木雄太さんが卒業した年に入部した浦和レッズユース出身の中村駿介選手の話に変わって、ここも、盛り上がりましたが、不正確な情報が多いので、ここもすみませんが省略します。)

***

以上までが、鈴木雄太選手の学生時代の話になります。

いかがでしたでしょうか?インタビュー形式にまとめていくと、少しまじめすぎる文章になってしまいましたし、当然、書かない方が良いだろうということや、不確かな情報のために書けないことも多くなってしまいましたが、掲載した内容以外にも、凄く重要で参考になる話も多く聞けました。この辺りは、ブクメが、吸収させてもらって、同じような境遇があった選手などいた時には、伝えさせてもらうこともできると思います。

多くの選手が似たような状況下にあったり、昔そういう状況だったりしたかもしれません。

しかしながら、鈴木雄太選手の特殊な人生は、大学卒業から始まります。まだ、まったくまとめられていませんので、掲載できるのは少し先になると思いますが、社会人以降のインタビューをお楽しみに!

ではでは。

インタビュー②へ / インタビュー③へ

プノンペン・クラウンは、カンボジアリーグの中でも独自のホームスタジアムを持ち、サポーターも熱心に試合に足を運ぶチームとして知られています。上記は、オリンピックスタジアム開催されたアウェイゲームでしたが、ビッグフラッグと共にサポーターも駆けつけていました。

2017/05/25 カンボジアリーグ ボンケットvsプノンペン・クラウンの試合を観戦してきました。

どうも、ブクメです☆

まず、浦和レッズユースのクラブユース選手権本戦出場が決まりましたね。新戦力も結果を出すなど、まず負けられないトーナメント形式での関東予選を勝ち抜くというところをしっかり果たしつつ、新戦力も経験を積みながら結果も出すという試合だったようですね。

私個人的には、次回は、6月中旬ごろに短期間帰国しますが、この週末には、公式戦が見当たらないようなので、ユースの公式戦としては、6月末に帰国してプレミアリーグのアウェイとなる京都サンガFC U-18戦を考えています。ジュニアユースの試合が、本当になかなか見られなくて気になってます。6月14~週末にかけて、練習試合でもあれば行きたいところです。

さてさて、

少し、ここ数日バタバタしておりました。5月25日木曜日に、別の大会に参加するチームなどの関係で、週末のリーグ戦が前倒し開催になった、ボンケットvsプノンペンクラウンの試合を観戦してきました。少し前に同じカードを観戦しましたが、その時は、プノンペン・クラウンのホームゲーム。そして、今回は、ボンケットFCのホームゲームとなります。

ほとんど、プノンペンをホームに置くチームで構成されているカンボジアの1部リーグですが、自前のホームを持っているプノンペン・クラウンのようなチームもありますが、今回のボンケットなど多くのチームがホームとしているのは、国際試合も多数開催されているお馴染みのオリンピックスタジアムとなります。観戦する側とすると、アクセスが非常に良いので助かります。

前回の同一カードの対戦では、プノンペン・クラウンが4-0と大勝となりました。昨シーズンの成績で言えば、ボンケットFCがAFCカップ出場権を獲得するなどリーグの中でも力を見せていましたが、今シーズンは、ボンケットもやや苦戦気味のようで、今回の試合でも、立ち上がりから、プノンペン・クラウンが押し気味に試合を進め、先制、追加点と決めて、フラストレーションが溜まったボンケットFCが更に退場者を出すという流れで、前回同様にプノンペン・クラウンが快勝する雰囲気すらあったものの、退場者を出してから、ボンケットFCが、中盤を開ける形で前線は、個の力で打開し、守備の枚数は、減らさないような形の戦い方に変えたところで、もしかすると、前回も大勝したことでプノンペン・クラウンの一部の選手たちに気のゆるみが出てしまったことも影響したのかもしれませんが、サッカーではよくある、数的優位の状況が逆に流れを悪くするという展開にプノンペン・クラウンがはまりこみ、かなり長い時間を攻め込まれる形で、一気に同点、逆転と持っていかれてしまうのではないかと思われる部分もあったものの、結果的に、得点は動かずに、プノンペン・クラウンが2-1で勝利しました。

これまでカンボジアリーグで観戦した試合をブログで書いた中でも触れてきた、このリーグは、前線に強烈な外国人選手を置く傾向があるという点が、割り切った戦いになった時には、逆にかなり脅威になり、組み立てなどがまだこれからというチームにとっては、難しい試合になってしまうという例を見たような気もします。その個で圧倒していた一人がボンケットFCの村松知輝という10番をつけた日本人選手というのも印象的でした。

さてさて、毎度のことですが、そこまでカンボジアリーグのことを細かく書けるほどたくさん観戦しているわけではないので、試合の話はこれくらいにしておきまして、今回は、ブログの新しい試みとしまして、このブログの色を残した形で、私が関わらせていただいたサッカー選手の方などに今後は、時間を見つけながら、インタビューをさせていただき、掲載させていただくべく、その動きをスタートさせています。

どちらかというと、初めて会う選手にいきなりインタビューなどではなく、縁があって知り合うことができ、何度かあったり話したりして、打ち解けることができた選手に育成の選手にも参考になるような話も含めてとか、考えると色々こだわりがでてきて、逆に内容がおかしくなってしまう危険性もあるのですが、そのことも承知の上で、今回インタビューを快く引き受けていただいた、プノンペン・クラウンFC所属の日本人選手、鈴木雄太選手のインタビューを取らせていただきました。

このために、(お手頃な価格のw)ボイスレコーダーを買ったり、インタビューの場所をどうしようとか、色々考えたりし、なんだか勝手にテンション上げてました。

いつも書くブログと違い、音声を聞きなおしたり、内容の確認をしたり、できた内容も先方に確認してもらう必よなど色々と繊細にやらなければならないこともあり、更に、ちょうど私もインタビュー後から、ベトナムに行ったり、プノンペン内で引っ越しがあったり、体調崩したり(貝を食べすぎた疑いと、ローカルで怪しいコーヒーを飲みすぎた疑いなど原因はさまざま思い当たるw)で、おそらく6月中旬くらいまでに、文章を作り、確認してもらいアップできる予定で考えています。

サッカーで生きていくという点では、非常に異色の経歴を持っている方で、とにかく、色々と育成の段階でうまく行かないことが多いが、なんとしてもサッカーで生きていきたいという方に、特に読んでいただきたいインタビューになります(私がどこまで、鈴木雄太選手のキャラクターをしっかり文章で書けるかにもかかっているのですがw)

お楽しみに!

今回の試合観戦の写真などは、facebookページで掲載していますので、ご覧ください。⇒ブクメのサッカー日々facebookページ

2017/05/21 カンボジア2部リーグ ヴィサカvsソルティーロ・アンコールの試合を観戦してきました。

どうも、ブクメです☆

次回は、6月中旬に日本に一時帰国することになりそうですが、しっかり調べられていないのですが、育成系の公式戦がないような!?しばらく見られていないので、その週末にジュニアユースの試合が見たいと思いつつ。たぶん、しっかり調べれば試合ありそうなのですが、知っている方がいたら教えてください!(手抜きですみませんw)

夏の全国大会へ向けたユースの関東予選がスタートし、ノックアウト式になったので負けたらいきなり終わってしまう難しいレギュレーションの難しい初戦ながら、浦和レッズユースは、なんなく大勝してくれたということでほっとしています。

自分が多く足を運べていた、この数年で見てきた育成出身の選手たちの活躍の情報も入ってきたりと、正直自分で情報収集できないもどかしさはあるものの、そういう情報が耳に入ってくるのは嬉しいものです。また、そういう良い流れになっている選手もいれば、苦しい時期を過ごしている選手も多いわけでして、そういう情報ほどあまり入ってこないので、それも気になりながら、そこももどかしい日々になっています。

前回日本に戻った時から、少し、私のブログ内で考え方の近い人に文章を書いてもらう形で、少し、このブログにも幅を持たせようと考えていますが、なかなか良い返事はもらえません笑

誰でも良いというわけではないので、これまた難しいものです。

今の私が書けるのは、このカンボジアを拠点にした生活の中で、この環境下でのサッカーだったり、プロを目指す選手には知って置いてもらいたい、レベルと違った、プロになるにあたってしっかり知って置いてもらいたいことも、この東南アジアにはたくさんあります。

今週末は、カンボジアの1部リーグの試合は開催されないのですが、情報を調べていたところ、ちょうど、2部リーグのシェムリアップに本拠地を置いてスタートした、本田圭佑選手がオーナーのソルティーロ・アンコールFCの試合が、本来は、シェムリアップ開催だったところが、急きょプノンペンの行きやすいオールド・スタジアム開催に変わったということで日曜日は、その試合に足を運んできました。

無料開催の試合ということでしたが、思ったよりも観客は多かった印象があります。暑い15:00キックオフの試合ということもあったかもしれませんが、やはりレベル的には、かなり1部リーグとは差があり、今の段階で日本人オーナーのチームだから、高いレベルを期待して、そういう楽しさを求めるには、難しいと思いますが、1から育っていく姿を長い目で見つめるという考え方であれば、良いかとは思います。

ただ、私は、ひねくれていますので、なんというか、日本で注目を浴びるチームだったり、日本人色が強いチームというのは、真剣に応援をするという方向に行かず、今回は、とりあえず、日本でニュースになっていたチームがどのようなものなのかを見たいということで足を運んだため、連れもいたこともありますし、最後まで観戦せずに戻ってしまったので細かいことは書けません。ただ、シェムリアップを本拠地にして、育成機関も作って、そして、チームのシャツを着ているファンもチラホラいましたし、ホームのシェムリアップで地に足をつけてやっていけば、地域に根付いたチームとして良い方向でチームが育っていきそうな雰囲気も感じたのは確かです。

さてさて。

ここで書いて良いのかすごく悩むところですが、ギャンブルというワード自体が嫌いな方は、これ以上読まないでもらいたいのですが、私の今後の仕事と一つの夢に対して、結果が求められることなので、悩みましたが、ここでも告知をさせていただきたいと思います。

以前にも書きましたが、私の仕事の一つとして、日本にエンターテイメントとしてのスポーツブックを根付かせたいということが以前からありました。

色々な動きがある中で、この1,2年は、非常に厳しい風が吹く状況になっていました。しかしながら、一つの結論として、私が行ってきた動きに対して、違法とうい流れに強引に持っていこうとされたことに対して、戦ってくれた方がおり、裁判の結果、逮捕は不当と言う嬉しい結果を作ってくれました。

だからと言って、日本でオンラインでギャンブルを行うことが問題なくなったということではなく、あくまで個人で遊ぶ分ことによって違法になるということは、ないという事例を作ってくれました。⇒不起訴の勝ち取りーオンラインカジノプレイヤーの件

私としては、英国のように企業として上場も認められているような流れの中で、日本でもしっかり守るべきところはしっかり守り、監視するところはしっかりタッグを組んでいく形で、OKにしてもらうことで多くのことが開けると考えていますが、まずはカジノを入れたいようでなかなかその流れは進みません。

なので、働くベースは海外にする必要があるということもありますが、その中で、一つ大きな可能性のある進展がでてきました。

英国にベットビクター(BetVictor)というオンラインギャンブル(私が扱うのは、主にスポーツに対して賭けるスポーツブック、ブックメーカー)の大手企業があるのですが、そこと私が運営するサイトでタッグを組んで日本に住所のある方(基本的に海外に住んでいても、日本に住所があれば登録ができます。そもそもブックメーカーの登録のルールとして、1家族で1アカウントというルールになっていますので、実家日本にある方でも参加できます。私のサイトの方針で、日本で参加することが完全に合法とならない限りは、基本的に海外で遊んでくださいと言うスタンスを取らざるを得ないのです。)の企業があり、そこと提携して日本人向けに独占プロモーションを組めることになりました。

そのベットビクターは、英国プレミアリーグが好きな方ではご存知かと思いますが、イングランドプレミアリーグのリバプールFCのスポンサーとなっており、ワンダーボーイとして注目されてイングランド代表として大活躍したマイケル・オーウェンがブランドアンバサダーを務め、毎試合のリバプールFCの試合の勝敗予想を動画で配信するようなところです。

そのベットビクターから、私のサイトから参加して遊んでいただいた方への独占プロモーションをいただけることになり、その第1弾が、5月15日~6月15日の期間で既に開催されており、新規登録して1000円入金して、ベットしていただいた方抽選1名様に、リバプールFCの全選手サイン入りの公式サッカーボールをプレゼントできることになりました。

今後の成果次第ですが、来シーズンには、リバプールFCの観戦ツアーなども商品として提供していただけるそうです。

この第1弾のプロモーションへの参加者が多くならないと、短い期間でこの独占契約は終わってしまうかもしれません。

もし、ご協力いただける方がおりましたら、このプロモーションへの参加をお願いできればと考えております。

詳しくは、『当サイト独占プロモ第1弾スタート!リバプール全選手サイン入りサッカーボールがもらえるチャンス!』(ブックメーカーファンSP byブクメ)を参照いただければと思います。まったくスポーツブックに触れたことがない方には、『???』という内容かと思いますので18歳以上の方で興味のある方で、詳細が不明という方は、ご質問ください。

よろしくお願いします!

ではでは。

今回の試合観戦の写真などは、facebookページで掲載していますので、ご覧ください。⇒ブクメのサッカー日々facebookページ

2017/04/29 カンボジアリーグ プノンペンクラウンvsボンケットの試合を観戦してきました。

どうも、ブクメです☆

来週5月2日から、また再び日本に一時帰国するのですが、今週末は、まだカンボジアに滞在しています。またボンケットの試合を観戦しているのという感じですが、結果的に足を運ぶ試合がボンケットが多いというだけで、今回のメインの目的は、プノンペンクラウン寄りで応援と言うスタンスです。

以前に一度、このスタジアムに足を運んだ時は、このチームに入った日本人選手(20番鈴木雄太選手)はどんな感じだろうということだったのですが、縁があり、時々食事をする関係性になったので、応援するという立ち位置で2度目の観戦です。この、知り合うために近づいて仲良くなるというのと、偶然、人のつながりで知り合うというのが私にとっては、全く大きな違いであり、前回も触れたように、ここプノンペンは、それほど広くないので、ただつながるための場所というのは、あるわけで、でもそれで知り合うことが、そこまで大きいものとは、思っていません。

さてさて、なんだか、けが人が多くて、プロとしてはやったことのない左サイドバックを前節ではやるなど、助っ人ならではの助っ人ならどこでもできて当たり前な感じで起用されることも多いようですが、この試合では、ボランチ気味の中盤2枚の1枚としてプレーしていました。私が最初に足を運んだ試合では、途中出場でこれに近い形で起用されていましたが、この後は、サイドで起用されることが多かったようですが、私としてはこのポジションがしっくりきます。

対戦相手は強豪のボンケットですが、この試合は、プノンペンクラウンが、よりチャンスを多く作りながらも決定機を多く外していたことで、一緒に足を運んでいた人にサッカーは、こういうチャンスを多く外すと少ないチャンスを逆に決められて相手が勝つことがよくあるという話をして、ピッチから目をそらしていたところでプノンペンクラウンが先制点を決めるという、育成の試合観戦でも本当によくある、ちょうど、たまたま数秒目をそらしたときにゴールが入ってしまう現象。これは、何とかならないでしょうかw

この先制点に始まり、結果的には、最後の4点目は、20番鈴木雄太選手のアシストでのゴールという嬉しい結果も見られつつ試合は4-0でプノンペンクラウンの快勝となりました。

試合の中でのプレースタイルで感情をしっかりピッチで表現して気持ち強くプレーしてくれる選手が好きですし、それは、育成でも多々書いていることですが、その辺りもしっかり見られたのもうれしかったですね。

一緒に足を運んだ人が、サッカー観戦が初めて(スタジアムに足を運んだことはあっても、サッカーをしっかり見たことがない)という人で、その一つ一つの反応も新鮮でした。

この後、日本に2週間戻り、5月中旬から、カンボジア在住者としての滞在は、残り2週間となります。結果的に、それでも多くカンボジアに来る理由というのが、ここ数日で出来たので、結果的には、ベトナムに住んでもまたカンボジアにいるの?と言われることが増えるかもしれません。

そして、ゴールデンウィークに日本に戻るということで、まだ試合はチェックしきれていませんが、この期間は、ユース、ジュニアユース、大学サッカーなど、育成関係の試合に多く箸を運びたいと思っています。

今週土曜日のジュニアユース、日曜日のユース、大学サッカーも多く開催されましたが、結果のみですが、けが人の復活などもありつつ、浦和の育成に関しては、結果がともなってこなかったようにも見受けられますが、足を運んだ方からは、それほど悲観的な意見が飛んでいないため、これらを踏まえての次の観戦を楽しみに待ちたいと思います。

ではでは。

写真などは、facebookページで掲載していますので、ご覧ください。⇒ブクメのサッカー日々facebookページ

2017/04/23 カンボジアリーグ ナーガワールドvsボンケットの試合を観戦してきました。

どうも、ブクメです☆

別のブログでも触れましたが、6月1日よりベトナムのホーチミンに引っ越し一人暮らしを始めることになりました。

5月最初から中旬までいったん日本に戻り、その後、5月中旬よりカンボジアに戻りプノンペン在住者としての生活残り2週間を過ごすという流れになりました。

生活自体の拠点は、ベトナムになりますが、ここプノンペンに住んでいた時に、割と頻繁にバスでベトナムに行っていたのと同じように、ベトナムに住んでも、割とプノンペンに来ることは多いと思います。でも、在住者ではなくなります。これは、私にとっては大きいことです。

個人的には、一つの寂しい決断をすることになり、ベトナムでの生活は、私にとっての新たなベトナムとのかかわりのスタートとなることになってしまったのですが、頻繁に足を運ぶ中で、旅行者ではなく、在住者としてのベトナムがどのようなものなのか、ずっと考えていたこともあり、言葉も含めて、6月1日から住みながら、色々挑戦してみたいと考えています。

カンボジアでの9か月間の在住者としての生活は、これまでのたくさんの国に短期間足を運びまくっていて海外に強くなっているつもりでいた自分の考え方を、180度変えてくれるもので、どんなに足を運んでも旅行者と在住者は違う、現地に関わろうとするか、しないかで全く違いと言うことを目の当たりにしました。

はい、前置きは、そのくらいにしまして、日曜日は、カンボジアリーグの強豪チーム同士の対決となる、ナーガワールドvsボンケットの試合を観戦してきました。

この2チームでは、ナーガワールドには、藤原賢土選手、ボンケットには、村松知輝選手、水野輝選手が所属しており、この試合では3人全員がスタメンフル出場となりました。

ここカンボジアに来て、もちろん、私もサッカーの育成をずっと見てきた身ですので、サッカーというものに関わる何かに出会えるきっかけというものは探していました。

カンボジアのサッカーは、カンボジア全土ではなく、プノンペンに集中する傾向があり、カンボジアリーグに所属する日本人選手もプノンペンに集約していたりします。プロ一本だけでやっていくという待遇の割と資本力のあるチームに属している選手もいれば、次にことまで視野に入れながら色々なことに挑戦している選手もいます。

サッカー選手に出会いたければ、会える場所というのはあるわけで、サッカー選手同士のつながりももちろん強いわけですから、そういう方法もあるのですが、皆さんご存知のようにひねくれもののブクメですので、そういう形で出会うとか、力のある方に取り入るとか、そういうことが嫌なので避けてきました。

で、本当にこの1か月ほどの話ですが、偶然知り合ったカンボジア在住の日本人の方の高校時代のバイトの友人がカンボジアリーグのチームに入ったとかで紹介されたり、その方の店に来ていたことで知り合った選手など、ポツポツ、出会うことができています。

で、藤原賢土選手も、たまたま出会った選手で、ナーガワールド所属の選手で、カンボジアリーグ自体は、何度かブログで書いているように足を運べる機会は増えて来たのですが、ナーガワールドの試合は観戦する機会がなかったことで、話はしたけどサッカーを見ていないという状況で、今回初めて選手としてプレーしている姿を見ました。

試合自体は、ナーガワールド 1-2 ボンケットということで、藤原賢土選手のナーガワールドは、敗れてしまったのですが、顔見知りになっている選手と言うことで愛着を持って、両チームとも日本人選手がいましたが、ナーガワールド寄りで見ていたので、試合は応援しているチームが負けた感が強くなったのですが、プレー自体を見ていると、まあ、私が好きなタイプの選手です。サッカー以外のところでは、そういう雰囲気でもないのにw

4バックのセンターバック2枚の1枚としてプレーしていて、後ろからチームを鼓舞する。悔しさを体いっぱいに出してしまうタイプ、そして、センターバックながら、チャンスがあれば、攻撃で前に上がっていくプレーもできる。

プレースタイルとしては、強さで勝負するというより、相手の攻撃選手を離さないタイプの守備で隙を見せたら摘み取るような守備が上手い印象でした。

ただ、全体的な守備の安定感で言うとボンケットの方が一枚上手で、攻撃の外国人の強烈さもややボンケットの方が上だったかなとも思います。

若干キーパーのポジショニングが・・というところもありましたが、先制したボンケットの1点目は外国人選手に遠目からキーパーの届かない位置を狙われて決められ、それでも、同じく外国人選手がやや寄せが甘いところを強烈に決めて同点に追いつくという、得点経過としては競っていましたが、よりゴールに近いチャンスを作っていたのは、ボンケットだったかなと思います。逆転ゴールは、守備の間を狙ったパスにスピードある抜け出しで一気にキーパーと1対1の状況にされて決められたという形でした。

・・・と、語れるほど、カンボジアリーグを多く観戦しているわけではないので、このくらいにしておきます。

本当は、土曜日のこの試合を観戦して、日曜日に、もう一人縁があって知り合った選手が所属しているプノンペンクラウンの試合を観戦する予定だったのですが、カンボジアあるあるの、試合日程がいつの間にか変更になっているパターンで同日開催になってしまったため、今週末は、この1試合のみの観戦になりました。

土曜日は、部屋で仕事をしながら、15時キックオフの試合がちょうどテレビでやっていたので、つけていたのですが、暑さがかなりピークになりつつあるプノンペンの15時キックオフの試合は、テレビで見ているだけでも過酷さが伝わってきました。

夜の試合であっても、やはりジメジメした状況ですし、日本のサッカーで言う夏の状況が、シーズン通して続くわけですから、単純にサッカーのうまい下手だけの戦いではないことも、はっきりと感じるわけです。

もうね、ブクメの住んでいるアパートも、あと1か月で部屋を出るので、直してもらうところまでは良いかなと思うのですが、冷房の調子が悪くて、ほとんど涼しくならないため、基本的につけずに天井のファンと扇風機全開で生活しているのですが、ここ数日は、アパートの建物自体が暑くなりすぎてしまっているようで、夜になり外は涼しめの風が吹き始めても部屋の中がプチサウナ状態が続いたりしています。

物凄く水分を取っているのですが、その水分の大半が汗で流れ出る状況だったりします。

そんな感じです。

来週末もカンボジアリーグの試合に足を運ぶ予定です。

今週末は、ジュニアユースは東京ヴェルディジュニアユース相手に快勝で、ユースは清水エスパルスユースとのアウェイゲームで、2試合連続終盤の失点で敗れたという結果を見つつ、ユースの試合に関しては、敗れはしたものの、前回のやられ方と今回の状況は違く、良い兆候が見られているという話も聞きました。

次に足を運べるのは、5月6日の大宮アルディージャユース戦の予定ですので、その時を楽しみにしています。

ではでは。

あ、いまさらですが、このブログのfacebookページを作りました。目的はというと、海外在住になってから結構期間が経ちますが、日本に住んでいたころと、変わってきてしまった部分が多い中で、いくつか新しい構想があり、それを試してみるための準備としての理由と、あとは、割と試合では多くの写真を撮っているものの、ブログに載せるのは、絞り込んで載せているだけだったので、その写真をfacebookページの方でどかっと載せてみようかと思っています(そのため、ブログ内で掲載する写真は減らす予定です。)

ページにいいねしてもえると嬉しいですが、公開しているページですので、普通のウェブサイトと同様に、閲覧してもらえれば見える設定になっていると思います。

ブクメのサッカーな日々facebookページ

改めて、ではでは!